2021年2月28日日曜日

ラベンダー翡翠は私にとってはレア中のレア

薄青のひすいは以前に拾った事がある(濃いのは無いが)。
ラベンダー翡翠は目立つこともあるのだろうが、ほんとうに出会ったことが無い。
ほとんどが緑ばかりだ。
ごくまれにほんの一部分だけラベンダーを噛んでいることがあるようだが、お話にならないほどの大きさだ。
しかもラベンダーに見える程度である。
ラベンダー色をしたほかの石(石英か曹長岩みたいな石)はけっこうあるようだが、透明感の無い本物のラベンダー翡翠には出会ったことはない。
ひすいは光を通すと思っている人がほとんどだと思うが、本物のひすいは光を通さないものの方が多い。
「光を通すラベンダー翡翠と言われている石は疑った方が良い」とすら言われている。
糸魚川のものは紫というよりは、藤紫色で青色に近いと言われている。
そんな石にいつかは出会ってみたいものだが、何度海岸に足を運んでも、見つけたことはない。
私にとってはレア中のレア。青色よりレア。
紫色はチタニウムに由来すると言われ、ひすいとしても純度が高いようだ。 
いつかは拾ってみたい石である。

緑ひすいのごく一部分が、気持ち薄紫に見える程度の石。海焼けによってかき消されているほどだ。
ラベンダーには縁がないのか、本当に拾ったことがない。

色を調整するとわずかにラベンダーの部分がある石。肉眼では気持ち紫に見える程度だ。

2021年2月27日土曜日

オンファス輝石ということにしておこう

オンファス輝石について 

オンファス輝石の鑑別

石の種類が分からず、知恵熱が出たので(笑)いちおう結論めいたものを出しておくことにした。

まず、この石は比重が3.25ある。
この時点で石英の混じったものではない(=深成岩?)蛇紋岩でもない。蛇紋岩は水分を含むため、比重が軽くなるそうだ。
白い部分はブドウ石とかペクトライトではないか?
輝緑岩とか緑色岩系の石は表面がこれほど滑らかではなく、いろいろな鉱物がまじりあっている。
結晶片岩は堆積岩が変成したもので、層状の構造が見られる。
アクチノ閃石(=軟玉)だと、もっとマットな風合いであり、つるつるにはなりにくい。
ひすいのように角がある。
結晶は細かすぎて良く見えない(オンファス輝石の特徴)。
透明な部分がない(オンファス輝石の特徴)。
色も濃緑から黒(オンファス輝石の特徴)。

私が知る黒翡翠はもっと真っ黒なんだよね。
この石の黒い部分は石墨の黒さではない。

残るのはひすいの一種である「オンファス輝石」か、その近辺の輝石類、ということになる。
(オンファス輝石はひすい輝石よりやや比重が高い(3.3~3.4))。
よく緑色岩(これも比重が結構ある)をオンファス輝石と間違えている人もいるが、それに似た濃緑色一色の石ではない。

いちおう、オンファス輝石の混じった石、ということにしておきたい。
飯田孝一氏の『翡翠』によれば、オンファス輝石はひすいと呼べないものであるらしい。


オンファス輝石を黒翡翠と言う人もいるけど、これはひすいらしくないな

きれいな石で、風格もあり重い。しかし拾った時には、ネフライトだと思い込んでいた(今でもそう思っているかも)。だれも拾わずに無視されていたのも分かる気がする。

2021年2月26日金曜日

君はひすいなのか?

昨日拾った比重高めの石。
正体がわからないので、いろいろ調べてみた。
まず比重の高い石でありえそうなのが、輝緑岩、かんらん岩、斑れい岩など。
しかしこれらの石は表面がこれほどつるつるにはならないようだ。
ロディン岩もつるつるにはならない。
蛇紋岩はつるつるにならないし、光をきれいに通し、何よりも比重が2.5程度しかない。
3.1ほどある蛇紋岩も存在するらしいが、この石はさらに重く、一部に蛇紋岩を含んでいるかも知れないが、それほど多いようには見えない。
また、蛇紋岩は磁石に着くけど、これは反応しない。
微細な結晶も見え、角閃石系の繊維状結晶ではない。
形も面と辺がしっかりあるようだ。
しかし私がひすいだと思っている石とは全て一致しない。

典型的なひすい。ここまではっきりしているとロディン岩と特徴が大きく異なるので間違えることはない。

緑すぎるんだよね

まったくネフライトにしか見えないけれど、そうでない

白い鉱物が入っているけど、何なのだろう?やはり斑れい岩なのかな?

昨日拾った石

 昨日拾った石。いちおう比重を計ってみたら結構高いものがあった。

比重3.2 ロディン岩で良いと思うのだけど、一部つるつるの部分があるので、ひすいが混じっているのかもしれない。

これは比重3.25ある。表面はつるつるでネフライトと思っていたが、ネフライトなら比重3程度。ならばひすいか、と思うがどうも自信なし。輝緑岩、かんらん岩などもそれぐらいの比重がある。
比重の高い石はそれなりに面白い。

表面を見ればネフライトとロディン岩にしか見えないのだが。
また悩みの種が増えた。

波の音を聴くだけで、心が元気になる

 


昔から何故か悩み事があると、海に行って波の音を聴きに行く。最近はコロナ禍のごたごたでストレスが多く、海岸に足が向かうことが増えたのも、心が無意識のうちにこのリズムを求めているからだろう。

だから何も拾えなくても、満足して帰る事ができる。

波の周期は、人間の呼吸の周期と同じだ、と聞いた事もある。ひすいを拾う時、強く波を意識するので、自然と呼吸が波にシンクロする。

しばらくすると、呼吸が深くなり、気持ちがゆったりして落ち着いてくるから不思議なものだ。

他の場所に一日中居ろと言われたら疲れてしまうかも知れないが、海岸に居ると時間を忘れてしまう。

昔から「山の疲れは海で癒せ」と言われるらしい。

何か悩みがあるなら、ただ座って海を眺めているだけでも良い。

帰る頃には、何かが吹っ切れているかもしれない。

2021年2月25日木曜日

勝山~歌~市振 大荒れでダメ 今月3回目

 今月3回目の糸魚川は、勝山から親不知、市振に行ってみた。
とにかく波が荒く、しかもどこも砂だらけ。
市振でネフライトを1個拾っただけ。

勝山の帰り、姫川をさかのぼって、根知谷に入り、駒ヶ岳と雨飾山を見てきた。
久しぶりに会えた。
糸魚川最難関の駒ヶ岳~の海谷山塊はまだ深い雪の中。
糸魚川の山はどこも険しく、海からすくっとそびえたっているように感じられる。
大好きな景観だ。

波が高く、危険でひすいどころではなかった。しかも砂だらけ。

駒ヶ岳と雨飾山を眺めて帰ることにした。まだまだ雪が深いね

はじめて来る「歌」の海岸。危険すぎて海岸には出られなかった。

こういう時は無理をしてはいけない。
海岸に出ている人はほとんどいなかった。

2021年2月23日火曜日

長石 磨いてみた



先日の長石を耐水サンドペーパーで磨いてみた。
最初金属やすりを使用したが、やすりの方が負けてしまったので、ダイヤモンドやすりを使用して余計な部分を削って成形。
そのあと#800でしばらく磨き、最後#1000で仕上げ。
まだ磨ぎが甘いようで、ぴかぴかにはならなかったけど、一部分かなりつるつるになった。
中からレインボー色に光を反射する箇所がいくつも現れた。
長石の種類はよくわからない。 


磨いでいくと、レインボーの部分がはっきりしてきた

つるつるになったけど、ぴかぴかにするにはもっと細かいサンドペーパーが必要だな

残念ながら、月長石ではないようなのだが、美しい。
石を磨くのは楽しいね。
ただ、ひすいを磨いてもきれいにする自信がないので、ひすいは磨かない。

2021年2月22日月曜日

貴くないものは、何もない


たくさんの石の中から、ひすいだけを選ぼうとするのが、ひすい探しだ。
しかし、「ひすいでない」として捨てた石も、実のところ、ひすいとたいして成分は変わらないのだ、ということを知った。

だとすれば、ひすいを選ぶ、という行為が、どれだけの意味を持っているのだろうか?
どの石も、ひすいの一部分を成す元素を含んでいる。
本質的に見れば、たいした違いは無い。
大きな山も、庭の石も、コンクリートも、砂場の砂も。

ひすいが貴い石だとすれば、すべての石ころも貴いのではないだろうか?
それらから生まれた私たちも、植物も、動物も、宇宙も。
すべてが貴い。

貴くないものは、何一つない。

2021年2月21日日曜日

長石類について(ムーンストーンを含むことがあるようだ)

長石類は、地殻中に普通に含まれる造岩鉱物であり、むしろ含まない石の方が珍しい。
正長石、斜長石、玻璃長石、微斜長石、そして曹長石など、種類が多い。
カリウムを含むものを「カリ長石」と言う。

"長石の一般式は (Na,K,Ca,Ba)(Si,Al)4O8、あるいは (Na,K,Ca,Ba)Al(Al,Si)Si2O8 と表される。普通に産する長石は、KAlSi3O8(カリ長石、Or) - NaAlSi3O8(曹長石、Ab) - CaAl2Si2O8(灰長石、An)の3成分系のものであり、Or-Ab 系列をアルカリ長石とよび主に花崗岩に含まれ、Ab-An 系列を斜長石といい主に玄武岩に含まれる。"(WikiPediaの説明)
ひすい輝石(NaAlSi2O6)に含まれる元素とだいたい同じである。特に曹長岩とは、ほんのわずかの違いしかない。
普通の石ころとひすい輝石の区別が難しい理由も、ここにある。
含まれる元素は同じだが、構造が違うだけなのだ。
他方、ネフライト(Ca2Mg5Si8O22(OH)2 とCa2Fe5Si8O22(OH)2 )はアルミニウム元素を含まないという大きな違いがあり、他の石と区別しやすい。

長石類でも特にきれいなのは、玻璃長石(サニディン)、曹微斜長石(アノーソクレース)であり、これの外観のきれいなものを「ムーンストーン」という。
もともとはきれいな長石をカボションカットすることで得られる青や白の光沢を月光に見立てたため、その名前がある。

どこにでもある石が純粋に集まったものを宝石とみなす、という同じ方法で、どこにでもある石英が「水晶」という宝石になっている。


長石だと思う。石英より比重が軽い。青白い光を通し、非常に美しい。磨けばとんでもないお宝になるだろう。

結晶の一部に七色に光を反射する部分が。これは私の持っている石の中では唯一である。

七色に輝く部分は、月長石だろう。写真には写らないが、青白い光を放つ

すこし磨いてみようかな

長石は海岸に行けばごろごろ転がっている。
どこにでもある石であるが、ときどき純粋な形で見出されることもある。
そういうものを人は「宝石」と呼ぶのかもしれない。

だから「ひすいでない」と思って、駐車場に石を捨てないほうが良い。
私は昔その中から特大のカーネリアンを拾った事がある。

2021年2月19日金曜日

サーフィンで死にかけたサーファーの話


グレッグ・ロングは”ビッグウエーブ・サーファー”として有名なサーファーであり、数々の記録を残している。
彼は世界で最も慎重なサーファーだと言われていたが、2012年、ここで波にのまれ、九死に一生を得る体験をしている。この時の体験が、上のリンクの文章である。
カルフォルニアのコルテス・バンクは海の中にあり、場所が分かりにくいためにブイが浮かべられているという。


波に乗るタイミングが悪く、深くまで引き込まれた彼は、息が出来なくなってしまう。
緊急用の浮上装置も作動せず、4回目の大波にのまれたとき、気を失った。
奇跡的に生還したようだが、その後の彼は自分が”サーフィン”をしていることに疑問を抱く。
"事故後最初のセッションに戻って間もなく、不安と脆弱さを感じるようになった。私は自信を失い、自分自身の感覚を失っていました。すぐにそれらの感情が私の人生の他の多くの側面に殺到し、閉鎖されたドアの後ろで私は感情の波乱に満ちた配列と格闘し始めました。16年間、ビッグウェイブサーフィンへの揺るぎない愛情と献身を注いできた自分の「世界」が崩れ落ち、瓦礫の下敷きになってしまったような気がしたのです。"
 生還したものの、なぜ自分がこのようなクレイジーな行いをしているのか、名誉の為か、金のためか、分からなくなり、そのうちにそれらの物事が無意味に感じられるようになっていった。サーフィンは続けていたものの、目標を失い、楽しみを失った。気持ちを整理するために、彼はサーフボードを捨ててペルーで隠遁生活を始めた。
そこで、今までやってきたサーフィンが「重要でない物事にエネルギーを注いでいた」と気づくのである。
"私は事故以来、私はグレッグ-ロング、"ビッグウェーブサーファー "として私の人生を再発見しようとすることに巻き込まれていたことに気づいた。夢を追い求めることを正当化するためには常に夢を追うべきだという信念を持っていました。しかし、現実には、受け入れるか受け入れないかに関わらず、この世界のすべてのものは常に変化していることを認めなくてはならない。人間である私たちは常に進化し、それに伴って変化しています。我々が昨日感じていたり、夢見ていたりしたかもしれないものは、今日の私たちにとっては真ではないかもしれません。そして我々はそれで満足しなければなりません。過去にしがみつき続けようとすればするほど、今、この瞬間に本当の自分と幸せを見つけるのに苦労することになります。"
海の深くで「息をしたい」という欲求を放棄して、息をしようとするのを諦めたのと同じ方法で、彼は自分が悩んでいた様々な否定的な問題を放棄した。
"それらを否定的に捉えるのではなく、むしろ学習の機会として捉える選択をすることで、私はそれらの感情の重荷から解放されました。"

"自己発見と反省の旅の中で、私は他人の判断や期待に夢中にならないように学びました。その代わりに、自分の心の中で真実であると感じたことに耳を傾けるべきだということを学んだのです。"

"繰り返しになりますが、私たちが最も学び、成長するのは、真のチャレンジからです。この経験から一つ学んだことがあるとすれば、それは、プロとして何をするか、レクリエーションとして何をするかは、本当は重要ではないということです。私たちは皆、様々な人生を歩んできており、数え切れないほどの人生経験が私たちを形成し、私たちが選択した道を歩んできている。大事なのは、私たちは皆、自分の独自な道を歩き、道に沿って他の人を助け、楽しみを持って前進しようと努力しているということです。大切なのは、情熱と献身をもって、自分自身の幸せと夢を追求することです。大事なのは、このクレイジーな人生を楽しみ、成功したライドも重いワイプアウトも同様に楽しみ、それらが教えてくれた教訓から学び、成長し続けることだ。いつか、すべてを振り返ったとき、これらの価値観と美徳が私の最も大切な指針になっていることを知るであろう。"


透明な石は、ほとんどひすいでない

ひすいに透明な石はほとんどない。
透明なのは、何か他の要素が混じっているから、そうなのだと思われる。
混じっている要素として考えられるのは、石英とかソーダ沸石とか長石とか珪灰石とか、いろいろ考えられる。
それらの要素は、比重が軽く、全体の比重を計ることで容易に判別することが出来る。

アルキメデスが金の王冠の比重を計った故事を思い出すと良いであろう。
純金の比重は19.32ほどもあるが、にせものの王冠はそれより比重が低かったため、アルキメデスは破壊せずに王冠が偽物であることがわかったのである。 

結晶があり、美しい緑のスポットもあり、美しい光を通す。
誰が見ても、宝石質のひすいに見えるだろう。
しかし、これの比重は2.9。質の良いひすい輝石である、ということは出来ない。
したがって、残念ながら宝石質のひすいではない。

透明だからと言って、質が良いとは限らないのだ。実際にこの石は割れている。

緑の部分は美しく光を通す。形も、結晶も、ひすいにしか見えない。しかし比重は2.8。
曹長岩である、ということになる。

光を通すと美しく、ひすいだと思うであろう。結晶もある。しかし比重は2.5。これだけ軽いということは、曹長岩ですらなく、石英の混じった岩石である。

このように透明な石が必ずひすいであるということはない。
むしろ石英であることがほとんどである。
ひすい輝石を含んだ岩石は、概して見かけが悪く、普通の石ころより醜く見える。

透明な石がひすいでないと言っているのではないが、実際にはほぼそういう石は見つからない、ということを言いたいのである。
そんなことはない、と思うなら実際に海岸を歩いてみると良い。
拾うのは、おそらく石英ばかりであろう。

2021年2月17日水曜日

ひすい拾いをして、得られた事

私も最初の頃は、「とびきりの宝物を拾って、あわよくば金持ちになろう」などと愚かな考えを抱き、ひすい拾いを始めた。
だんだん回数を重ねるにつれて、海岸にはほとんどひすいは無く、たとえあったとしても品質が悪すぎて金銭的価値は全くないことを知ることになった。

私は落胆した。今まで何十回も通って、朝から晩までひすいを探したことは、何の意味もなかったのか?

しかしながら以前にも書いた如く、玉石には11の徳があるのである。
だんだんこの石について知るにつれ、これらの徳の一端を知ることにもなった。

この石には「天地」の徳がある。
欲望に駆られて、飲まず食わず、足を棒のようにして朝から晩まで歩き通すことを繰り返していると、自然とこれらの私利私欲の心が愚かしく思えてくるようになった。
そして、天と地に抱かれ、海岸をさまよっている自分が、とてもちっぽけな存在だと思えるようになってきた。
登山をして、丸一日歩いている時の感覚だ。何のために歩いているのか、分からなくなる感覚だ。

欲に引きずられて、砂に足を取られ、転びながら歩く。
海鳥は私の姿を見て、何をバカなことをやっているのか、という顔をしている。

ふと足元を見れば、青い色の混じったネフライトが落ちている。
魂を吸い込まれそうなくらい美しい色合い。
決して宝石の美しさではない。くすんだ色にもみえるが、中から滲み出すような、なんとも言えない美しい色だ。

こんな石ころが、ちっぽけな私という存在より、はるかにはるかに偉大な存在に見えた。
ひすい拾いをして、得られたのはひすいではなかった。
我が身の愚かさと、未熟さと、至らなさを自覚させられた事であった。

自然に削られた石ではあるが、なんとなく勾玉のような形だ。

2021年2月16日火曜日

和氏の璧(かしのへき)

真実を言うのに、あわてることを戒める説話に「和氏の璧」という故事成語がある。
「璧」というのは玉のこと。
原石のままでは誰もその美しさを信じない、ということだ。

------------------------------------------------------------------------------------------

昔、楚の人和氏は、楚の山中で玉の原石を得た。
そこで和氏はうやうやしく楚の厲(れい)王にその原石をさしあげた。
厲王は玉づくりの職人にこれを鑑定させたところ、職人は「これはただの石です」と言った。
和氏が自分を欺いたと思った厲王は、罰として左足を切らせた(足切りの刑は、アキレス腱を切る刑であった、という説もある)。
厲王が亡くなった後、後を継いだ武王にも同じようにさし上げたが、今度も職人は「ただの石です」と言い、今度は右足を切られてしまった。
武王の亡くなった後、文王が帝位に就いたが、和氏はその原石を抱き、楚の山の麓で泣いた。
三日三晩泣きつくして、涙が出なくなり、血の涙を流した。
文王は人を遣わして、なぜ泣いているのか尋ねた。


「天下に足切りの刑にあうものは多い、お前はなぜこの悲しみを嘆くのか」と。
和氏は答えた。
「私は足切り刑に遭ったことを嘆いているのではない。宝玉なのに石だとされ、正しいことを言っているのに欺いたと言われたことを悲しんでいるのだ。これが私が悲しんでいる理由だ」と。
文王は玉づくりの職人にその原石を磨かせると、宝玉を得ることが出来た。そしてその玉に「和氏の璧」と名付けさせたのである。
宝玉は王の欲しがるもの。和氏は玉を献じたが、それがまだ美しくなかったために、足切りの刑を受けることになった。
しかし両足が切られた後に、やっとそれが宝玉だと認められたのである。
宝玉だと認められることは、このように難しいことだ。

(『韓非子』和氏の章)

-----------------------------------------------------------------------------------

本当のことを言っても、受け入れられないどころか、かえって罰を受けることもある。
この世が理不尽であることは、今も昔も変わらない。
道理が通らないことは、生きていくうえで多々ある。
憤慨することも多いだろう。
だが、そこで堪えて生きるならば、最後に必ず真実は明らかになるはずだ。

この話には、いろいろな解釈がある。
天地自然の理は、結局は曲げられないのだ、という意味として、私はこの話を解釈した。

2021年2月15日月曜日

糸魚川青玉(ぎょく)

 糸魚川で拾えるネフライトは、緑のものが圧倒的に多いけれど、中には青とか透明のものがある。

これらは、ネフライトとしては純度の高いものになる。

中国では白色のものが貴ばれ、緑や青は「碧玉」と呼ばれるらしい。

糸魚川の青ネフライトは非常に美しいものだ。灰色がかった青ばかりではなく、中には本当に青色の個体がある。

これは自分の中では、ひすいなんかよりも、はるかに価値が高い。

ネフライトが正当な意味での玉(ぎょく)であり、ひすい輝石の方は18世紀になってからやっと価値を認められたにすぎない意味でも、価値がある、と思っている。
(※ ちなみに、玉の価値について、孔子が述べたと言われる文章が、中国で「玉」が貴ばれる根拠なのだが、この原文に「珉(ビン)」という言葉が出てくる(『孔子家語』第36章「問玉」参照)。これは「玉に似た石」のことで、私の解釈では「ひすい輝石」も、「珉」に含まれる。なぜなら、ひすいは玉に似た石だからだ。この文章の中では、「ひとが玉を貴んで、珉を賤しむのは何故か、数が多いからか?」と言われている。この文章からすれば、孔子の在世当時、「珉」が玉より価値が低いとみなされていたことは明らかである。もっとも、中国で貴ばれた玉は純粋な白玉(羊脂玉)の事なのではあるが)

たしかに日本や南米では、ひすい輝石は中国よりずっと以前から価値を認められていたであろうが、これらは一度完全に断絶しており、遺跡の中から見つかったものにすぎない。日本で発見されたのは20世紀のことであった。

ずっと価値を持ち、愛されて来たのは、ネフライトの方なのだ。

透明な部分を含むネフライト。透過光は驚くほどきれいだ。

透明度の高いものは、まるでガラスのようだ。

私のいちばん好きな青ネフライト。

これも青を含んでおり、非常に美しい

青が濃くなると、ここまで青くなる

ほぼ、紺色だな

私にとって、ネフライトはひすいよりきれいな石です。

2021年2月14日日曜日

大きな結晶のある石と桃簾石(クリノゾイサイト)

大きな結晶(5mmから1cmぐらいある)きらきらの石。
もちろんひすいではないけれども、これってなんの結晶なんだろう。
珪灰石、ソーダ珪灰石、長石等、いろいろ考えられる。
石英の結晶は、細かい針みたいのがたくさん集まっていて、平板なのは少ない。
緑色の部分は、緑簾石かな?

よくわからない(よくある)結晶きらきらの石と、桃簾石と思われる石


ピンク翡翠と言われていたことがあるみたいだが、この石はピンクというよりはサーモンピンクだな。
シャケの身の色だ。ちなみにこの石もロディン岩の一種である(石英とはまた別種の石)。

2021年2月13日土曜日

ひすいより美しい自然

今回の子不知は、以前「生と死の海岸」 のエントリーで書いた、もう先には行けない、と書いたさらに先まで行った。
比較的波も静かであり、引き潮だったから、すこし浜が出ていたのだ。
しかしながら海岸はテトラだらけ。時折来る大波を十分に警戒しながら、簡易救命胴衣を持って歩いた。

少し先に行くと、大きな花崗岩。
これは子不知高架橋の西端からは見えない岩だった。
はるか上にまでそびえる花崗岩の壁。
ただただ、圧倒された。
北アルプスの土台を見た気がした。
剱岳にも登った事があるが、その時の雰囲気よりさらに圧倒的なものを感じた。

そそり立つ大岩壁が、そのまま垂直に海に落ちている。
間近で見ると、恐怖心と感動で足ががくがく震えるほどであった。
ひすいは拾えたが、そんなものはどうでも良くなった。
目の前に広がる海岸は、めったに人が足を踏み入れることのない場所。
その場所に自分が居ることが、現実だとは思えなかった。

非常に危険な場所なので、見に行くことはとても勧められるものではない。
しかし、あの雰囲気は一生忘れることはないであろう。

テトラで埋め尽くされる海岸。しかし、その前にはとても美しい海岸が広がっている。

あまり人の目に触れることのないであろう花崗岩の絶壁。目の前に覆いかぶさるようだ。ただただ、圧倒された。これが北アルプスの土台なのだ。

糸魚川曹長岩の魅力

糸魚川の曹長岩はとてもきれい。
私も最近まで、一部の曹長岩をひすいだと信じていた。
ひすいは普通、あまり光を透過しない。
光を通すようなひすいは、おそらく滅多に無いと思われる。
対して曹長岩は石英を含むため、透過色が非常にきれいである。
前にも書いたが、科学的組成もひすいと曹長岩はほぼ同じだ。
曹長岩から石英を抜くと、ひすいになる。

石英が無いだけで、一方は価値があり、一方はゴミ扱いされる。
個人的には曹長岩はひすいよりかなり美しいと思っている。
もっとこの石の評価がされても良い。

曹長岩の表面を覆うソーダ雲母の結晶は、ひすいと共通。

緑色もきれいだ。知らない人にこの石をひすいだ、と言っても、わからないであろう。

 

紅簾石石英片岩(すごくうれしい)

昨日拾った結晶片岩(比重は2.6程度)の中に、赤い鉱物が入っていた。
これはもしかしたら、紅簾石かな?
だとしたら、ひすいよりも珍しい石。
石自体はロディン岩に近いものなのだけど、絶対数は少ない。
ひすいは汚らしい石なのだが、これはとても綺麗。

※紫がかった部分はマンガン(Mg)系の色だとは思うのだが。鉱物の専門家ではないので、想像でしかない。

縞模様があり、一部に紫に見える鉱物が。
これはなんだろう?

緑の部分は、緑簾石だろう

左の部分に濃い色が入る

緑簾石、紅簾石が入る石なら、珍しい。
最近、こんな石はひすいよりも、お気に入りだったりする。

 

2021年2月12日金曜日

子不知 灰ひすい ネフライト ロディン岩 曹長岩

久しぶりに子不知。
先週に引き続き、2回目のひすい拾い。
海は静かだったが、うねりがあり、時々大波。
最終到達地点。ここは波の高いときは危険で来られない場所。
ロッククライミングできそうな壁。花崗岩のようだ。
穏やかな海ながら、うねりがあり、手製の救命胴衣を持って歩いた。
帰り道。僧ヶ岳と越中駒ヶ岳が真っ白。朝日岳もものすごく美しかった。
今日拾った石。右上は比重3あるが、ロディン岩。右下は、重いのだけど。結晶片岩だと思う。こうやって並べてみると、やはりひすいはいちばん見栄えのしない石。
これはひすい確定の石。比重3.1 灰色緑のひすいだが、クラックがたくさん入って割れていた。
大きめのネフライト。少し青が入っているかな?
一番大きな結晶きらきらの石。これはもしかして。
判定:曹長岩 比重2.7 曹長岩もひすいも結晶きらきらなので、わかりにくい。