2020年8月30日日曜日

標準コースタイムに近い登山は良い登山

 


若い時なら「どれだけ速く登れるか」を競っても良い。
なぜなら、体力がそれだけあるし、脚力もそれだけのスピードに耐えられるだけあるからだ。
おまけに若いときは回復が早い。くたくたに疲れ切っていても、一晩眠ればまた歩ける。

しかし50歳を越えるようになってくると、体力が落ちてくるのが手に取るようにわかる。
判断力もそれに伴うように落ちてくる。
若い時なら撤退を判断できたような状況でも、なぜか強行したりするようになる。

山岳遭難のほとんどを60歳以上の登山者が占めるというデータをみれば、この傾向は明らかである。
歳をとると、自分の体力を十分に認識できなくなっている人が多いことが分かる。

「まだまだ、若い者には負けないよ」と、頑張っている人がおられるのはわかる。
しかし年をとると、どうしても体力が落ちてくる事実をしっかり認識したほうが良い。

『山と高原地図』に載っている「標準コースタイム」は

1.40から50歳の登山経験者

2.2,3人のパーティー

3.山小屋泊装備

4.夏山の晴天時

を想定して計算されている。

たとえば、この間登ってきた「薬師岳」の場合、12時間40分。
少々遅いように思えるが、後から考えると、これぐらいの時間で歩けば一番よいだろうな、と思える。
私は12時間。標準タイムより40分ほど速く歩いていたことになる。
実感としてやはり、すこし無理がかかっているのが分かる。

しかしながら中には6時間台で往復する人もいる。

YAMAPで日帰りしている人のタイムを見てみると、8時間から9時間が大半のようだ。標準コースタイムの七割ほどの時間である。ほぼ、競歩のようなスピードでないと、このタイムで往復は無理だろう。普通の人が参考にしてはいけないペースであることは、明らかである。

彼らがどのくらいの年齢なのかは分からない。記録から年齢は分からないからである。

私は登山者であり、トレイルランナーではないので、なるべく標準コースタイムに近い登山が出来ればよい登山だった、と自己評価できるのだが、この間の登山はやや速すぎたようだ。

今度行くときは、山小屋に泊まってゆっくりして登りたい。

「標準コースタイムが一番無理なく登れるペースである」

このペースに近づけるように努力しよう。

2020年8月29日土曜日

薬師如来とは医師のことである

 

夜明け前の薬師岳 2020/8/20

チベットの薬師曼荼羅 世界に3部しか完全なセットが存在しない『四部医典タンカ』の一つで、富山県の伝統医学研究所が所蔵しているもの。

チベットの伝統医学を解説した本

薬師如来は正式な名前を「薬師瑠璃光如来」と言う。かなり古い歴史を持つ仏教の如来である。
如来とは、仏陀の別名であり、本尊として祭られ、崇拝される存在である。
「瑠璃光」とは、以前にも書いたように、ラピスラズリの青い光の事である。
そのため、薬師如来のお姿は例外なく青色で描かれている。

「瑠璃色の地球」という歌があったように、青は地球の色である。
それは混じりけの無い深い青、ちょうど高い所の空の色である。

薬師如来はすべての病を静め、青空のように晴らしてくださる存在である。

薬師如来は悟りを開いて仏になる前に、以下のような12の誓いを立てた。
これを実現したために、仏となることが出来たのである。
その誓いとは

1.光明普照(自らの光で三千世界を照らし、あまねく衆生を悟りに導く。)
2.随意成弁(仏教七宝の一つである瑠璃の光を通じて仏性を目覚めさせる。)
3.施無尽仏(仏性を持つ者たちが悟りを得るために欲する、あらゆる物品を施す。)
4.安心大乗(世の外道を正し、衆生を仏道へと導く。)
5.具戒清浄(戒律を破ってしまった者をも戒律を守れるよう援ける。)
6.諸根具足(生まれつきの障碍・病気・身体的苦痛を癒やす。)
7.除病安楽(困窮や苦悩を除き払えるよう援ける。)
8.転女得仏(成仏するために男性への転生を望む女性を援ける(女性は成仏出来ない、と考えられていた。歴史的成仏観であり、古代インド人の思考を反映するにすぎない。実際には、男や女の区別を超越しているのが、仏である))
9.安心正見(一切の精神的苦痛や煩悩を浄化できるよう援ける。)
10.苦悩解脱(重圧に苦しむ衆生が解き放たれるべく援ける。)
11.飲食安楽(著しい餓えと渇きに晒された衆生の苦しみを取り除く。)
12.美衣満足(困窮して寒さや虫刺されに悩まされる衆生に衣類を施す。)

というものである。
薬師如来に祈れば、これらの願いを聞き届けてくださる、という。

薬師如来はチベットでも信仰され、チベット医学はまさに薬師如来への信仰によって体系づけられている。

富山県にある薬師岳は、ふもとの有峰の村に住んでいた「ミザの松」という、籠の担荷作りの木こりの枕元に、ある日薬師如来が立たれ、それによって開山された、という事になっている。

薬師とは医者の事である。
医師は我々の病気を取り除き、救ってくださる存在である。
生きている薬師如来そのものである。

新型コロナウイルスも、多くの薬師如来方の活躍によって撲滅されるだろう。
われわれは祈るしかない。

2020年8月26日水曜日

加藤文太郎は孤独ではなかった

https://nebukurou.com/buntarou-katou/ (参考サイト)

新田次郎の小説『孤高の人』で有名な加藤文太郎は、昭和の初め頃、それまで日本でだれもやっていなかった単独行登山を始めた人である。

生前にメモを残しており、これが『単独行』というタイトルで青空文庫(著作権が切れた著作を公開しているサイト)で読める。ただし、文庫本になっているもののように、編集されていないので、読みにくい。しかし彼の真意を探るためには、元資料に当たるのが一番であろう。

彼はこの中で以下の様に言う。

単独行者は夏の山から春―秋、冬へと一歩一歩確実に足場をふみかためて進み、いささかの飛躍をもなさない。故に飛躍のともなわないところの「単独行」こそ最も危険が少ないといえるのではないか。

小説の影響か、加藤文太郎は無謀な単独行を繰り返していたように思われがちであるが、実際のところ、その登山は実に慎重であり、一足飛びに難易度の高い登山には進んでいない。

また、常に単独で行動していたわけではなく、 自分が苦手とする雪の付いた岩場に挑むときには、同伴者を伴っている。実際彼が槍ヶ岳の北鎌尾根で亡くなった時は、吉田冨久氏を誘って(吉田氏が誘ったわけではないらしい)入山していたらしい。
このように加藤の行動は慎重であり、それゆえに無謀な単独行はしていない。

(山友達とともに春になった四月の三、四の両日に前穂高の北尾根を登り、奥穂高へ辿る途中において凍傷にかかり、槍ヶ岳方面を抛棄して穂高小屋から下ったのである)。以上冬期でないものおよび単独行でないもの(カッコ内のもの)も列記したが、これによって見ればほぼ容易な山行から漸次困難な山行へ進んでいるといえよう。

加藤は「単独行が悪いことだと思ってやるな。もしもそう思うならやめよ」と言っている。
彼にとって単独行とは、そうすればより安全で効率的である、と思われる場合に取られる登山スタイルの一つにすぎず、決して単独行にこだわっていたわけではない。
あくまでも彼が登りやすいスタイルで登っていただけの事ではないか?
彼ほどの体力、脚力がある場合、同行者の存在はかえって足手まといになり、より危険因子を増やすだけであるから。

最後に彼は以下のような言葉を残している。 

だから単独行者よ、見解の相違せる人のいうことを気にかけるな。もしそれらが気にかかるなら単独行をやめよ。何故なら君はすでに単独行を横目で見るようになっているから。悪いと思いながら実行しているとすれば犯罪であり、良心の呵責を受けるだろうし、山も単独行も酒や煙草になっているから。良いと思ってやってこそ危険もなく、心配もなくますます進歩があるのだ。弱い者は虐待され、ほろぼされて行くであろう。強い者はますます強くなり、ますます栄えるであろう。

 単独行者よ強くなれ!

ドイツ語で単独行のことをAlleingänger(アラインゲンガー)と言う。
今ではこの言葉を使う人はいなくなって、たいてい「ソロ」と言われている。

確かに単独行はいろいろな面で危険を伴い、より迷惑をかけることもある。
しかし「悪いと思って」やることは良くない。
なぜなら、自分にとってそれこそが最適な登山スタイルなのであるから。

また彼は立山に登った時、室堂で立山の案内人(中語と言われていた)に嫌われ、口も訊いてもらえなかった経験を書いている。
案内人にとって、彼のような存在が認められ得なかった事情はわかるが、もっと丁寧に質問に答えてあげればよかったのではないか、とも思える。
よそ者に厳しい富山県の県民性が表れているエピソードであり、同じ県民として片腹痛い。
このような経験が、彼をより単独行へと導いたのかもしれないなあ、と、何となく思った。

2020年8月24日月曜日

宇宙の色

 


高所に登れば登るほど、空は色を変えていく。
地球を覆う大気は、対流圏、成層圏、中間圏、熱圏などの層に覆われている。成層圏はだいたい1万メートルより上(極地では8000mより上)とされ、ここにはオゾン層があり、宇宙からの有害な紫外線の大半を吸収している。
もちろん対流圏にある大気も紫外線を吸収している。そのため上に行けば行くほど、紫外線が強くなっていく。
だが、紫外線は人間の目には見えない。
したがって、高所の空がより青く見えるのは、もっと別の理由がある。
空の色が青いのは、空気中に浮かぶ水蒸気やエアロゾルに光が当たって散乱するからである。
高所に行けば、これらの空気中に含まれるものが少ないため、より青色が人間の目に届きやすくなる。青色は光の波長が短く、より散乱しやすい。
夕日が赤く、雲が白いのも、この散乱という現象が関係している。

要するに、空気がきれいだからより青く見えるのである。
実際山の上から人間の住む街の辺りを見ると、煙みたいな灰色のベールに覆われていることが分かる。
そこには「汚い空気」が満ちている、というわけだ。

空気中に含まれるものが少なくなるにつれ、光は散乱されなくなり、だんだん黒色に近づく。
人工衛星の窓から見える宇宙の色が黒いのは、地球に届く光が人間の目に見えないからである。

昔の人が高度の高い場所に「仏の浄土」を想像したのは、ある意味正しい。
そこには人間の生活臭がしない。

人間はそこに余り長い間とどまれない。
人間はエアロゾルがたくさんある汚い空気の中でないと、生きていけないのだ。

魚がけっこう汚い水の中でも生活できるのと似ている。
昔の人は「水清ければ、魚住まず」と言った。
水がきれいすぎると、魚も生活できないというのだ。

2020年8月21日金曜日

薬師岳 前日車中泊

ずっと念願だった薬師岳にやっと登頂できました!(記録はYAMAPに上げておきました ※YAMAPは退会しました。退会理由はこちらを読んでください
前日、登山口の折立キャンプ場に駐車しましたが、クマが異常出没しているとの事前情報があり、だいぶ警戒していた(おもちゃのピストルを持って行った)。
予想通り、クマが現れた!2発ピストルをぶっ放すと逃げて行った。
しかし夜中に再び現れ、この時は車のまわりをうろうろされた。
これではキャンプなんてとてもできないだろう。
恐ろしかったが夜中の2時に単独で出発。涼しい中ペースが上がって、無事登頂できた。

今年は異常気象の影響で、クマの行動がおかしいようです。十分に警戒してください

登山口

太郎平小屋より、日の出前の薬師岳

太郎平より、奥黒部方面

薬師峠キャンプ場。テントの数はいまの時期としてはものすごく少ない。コロナの影響が大きいようです。

東南尾根分岐から山頂を望む。ここからはわずかの距離です。

分岐に立つケルン。昭和38年、ここで十三人の遭難者が出て、供養のために立てられたものです。

わずかに雪を残す薬師岳カール(特別天然記念物)

ほんのわずか、雪が残っています

山頂標識と、登ってきた尾根

立山と後立山連峰揃い踏み

北薬師岳の金作谷カール。非常に美しい

槍の穂先も見える


これは下山時、10時30分頃かな。このころはまだ雲がでていなかった。

帰り道、雲が沸き立つ

2020年8月12日水曜日

パルスオキシメーターを導入

新型コロナの影響で品薄になっているが、中国製のものは手に入る「パルスオキシメーター」を導入。
登山時の心拍数と血中酸素濃度を把握し、ペース配分を正確にできるようになる。

これを使って調べてみると、私の安静時の血中酸素濃度(SpO2)は97%。
心拍数は50前後。これは普通の人よりもやや少ない。

コーヒーを飲んだりすると、心拍数が上がる。登山時の目標心拍数は以下の式で求める


カルボーネン法

目標心拍数=(220−年齢−安静時心拍数)×運動強度+安静時心拍数

私の場合、登山をかなりきつい運動(70%)とみなすと、

(220-50-55)×(70/100)+55=135.5

だいたい135前後まで上げればよいという事になる。
あくまで目安であるから、100付近で安定して運動できればまあまあではないだろうか?

マラソンランナーなどでは走っている時でも70前後の人もいるという。
心拍数が少なければ少ないほど、長時間の運動に耐えるだろう。
まだ使い慣れていないが、これで大体のペース配分を作れるだろうと思う。


休憩時、コーヒーを飲んだ状態。少し心拍数が上がる。

安静時心拍数

2020年8月10日月曜日

山には行けない山の日

 

例年の事なのだが、8月11日の「山の日」は、登山に行けた試しがない。
いや、行けたとしても行かない。
この時期は、暦の上では立秋を過ぎ、夏から秋へ季節が変わる時期であり、山の天候が安定せず、しかも暑いのである。

このため私の中では「山の日」は、山に登る日ではなくて、「山を思う日」となっている。
地球温暖化のためか、湿度が高く、登りにくい。
高度を上げても、気温が高いことも多い。

8月後半になってくると、標高の高い山ではフリースが必要になってくるほど気温が下がることがあるが、8月前半はまだそこまで寒くない。しかし、午後から雷雨になることもある。

1967年に発生した西穂高岳落雷事故は8月1日、2012年に発生した槍ヶ岳落雷事故は8月18日と、落雷死亡事故はたいてい8月に発生している。
8月は特に気象の急変に注意すべき月なのである。
雨が降れば急に気温が下がり、急速に体温が奪われるため、ゴアテックスの雨具は必須だというのは登山の常識である。この時期はとくに雨具が必要である。

さらに今年は新型コロナによって、メジャーな北アルプスの山小屋は休業していたりする。
追い打ちをかけるように、長野県岐阜県では群発地震のために地割れが発生していたりして危険なようである。

「今年の夏は特別な夏」と東京都の都知事も言っていたように、登山に関しても何かがいつもとは違う特別な悪条件が重なっている。

こんな時は、近場の山に出かけるので精いっぱいだと思われる。
くれぐれも無理をしないようにしたい。

2020年8月7日金曜日

金剛堂山 晴れ間が無く 蒸し暑い夏

奥金剛より中金剛を望む 2020/08/03

8月3日、約1か月半ぶりに登山してきた。
(記録はYAMAPに上げてあります)

今年は梅雨が長く、ほとんど日照時間がないまま、7月が終わり、8月になっても晴れ間がない。
そのため、大変蒸し暑い。気温が急に高くなったので、余計に暑さを感じる。

家じゅうがカビだらけだ。細菌やウイルスにとっても、繁殖しやすい環境なのではないか、と思ってしまう。

また「ムカデ」「セミ」が少ない。高い気温と乾燥を好む生き物が出てこないのである。

これはまだ”夏になっていない”ことを意味する。7月まで平地でもウグイスが鳴いていた。

異例尽くしの気象である。いつもの夏とはあまりに違う。

コロナが心配かつ天候不順のため、遠くの山には行けない。

普段なら雪のある時以外は登らない金剛堂山に登ることにした。
真夏の金剛堂山は初めてであったが、さすがに草が生い茂っている。

アブもいたが、ハッカスプレーをしていったので、噛まれることはなかった。

しかし、登山というのはこれほどまでに暑いのか、と思うくらい暑かった。
湿気の為に、汗を吸った速乾性であるはずの衣類が乾かず、それがさらに体温を上げてとにかく暑かった。

今の時期の低山は、以前、頚城駒ヶ岳に登った時にはさほどだとは思わなかったが、今回は違った。

これからしばらく高温多湿が続くと思われる。登ろうとする人は、十分な熱中症対策を!

2020年8月4日火曜日

ろうかん質ひすいだって?

色が良くて(緑翡翠に限る)透明度が良い翡翠を「ろうかん」と呼ぶ。
しかし、これは糸魚川産ではありえないと思う。
ミャンマー産などでは、石全体が非常に美しいまさにろうかん質のひすいがある。

糸魚川産ではよく下にあるような石を「ろうかん」であるとして紹介されているのを見かけることもあるが、これを「ろうかん」などと言う事は恥ずかしいことだと思う。
世界基準でいえば、混じり物が多くて話にならない。

ただの「海岸転石」としてみるならば、こういう石を「ろうかん(質)」ということは出来るだろうが、私は言いたくない。
ミャンマーの「インペリアルジェード」は、本当にきれいな色だ。しかも全体が何とも言えない美しい緑色なのだ。

決して糸魚川のひすいをDISっているわけではないが、「ろうかん」という言葉を濫用しないほうが良いとは思っている。

一部分はたしかに美しい緑だが。。。あくまでも一部分だけである。

普通のひすいだ

これなんかはろうかん質に近いものだと思うが。。。そう思えばそうだ、という程度だ。ミャンマーにはこれのバカでかい石が存在する。それでも普通のひすいレベルではないだろうか?

2020年8月1日土曜日

昔の日常に戻れば確実に感染が広がる

西村大臣の話


新型コロナの感染が収まらない。
ワクチンや治療薬の無い状況では、感染すればたいへんなことになる。
また、どんなに注意していても感染するときはする。
空気感染すると言われている(WHOも可能性を示唆)。

万が一感染すれば、ウイルスが検出されなくなっても2週間は隔離されることになる。
症状がおさまらなければ何か月も入っていなければならなくなる。
インフルエンザでは、隔離されることもないのに。
新型コロナウイルスの症状が激しく、直接生命にかかわるものだからこそ、このような対応がとられている。

西村大臣は「コロナ対策と経済の両立」を考えて苦労しているようだ。
これから先、終息までに4年かかろうが、支援していくと言っている。
また、秋から先の「感染拡大の大きな山」も想定しているようだ。

これはまだまだ、気を緩める状況ではないということである。
登山に関しても、どんな活動をするにしても、
「昔の日常に戻れば確実に感染が拡がる(西村大臣談)」ということだ。

皆が気を緩めている今だからこそ、「自分の身は自分で守る」という基本姿勢を、もう一度肝に銘じなおさなければならない。

これから8月終わりまでが、最も危険だ。
9月から、もう一段階危険度が上がる、と私は感じている。