2020年6月28日日曜日

弱さを受け入れる 自分の現状を認める



若い頃と違って、今の自分の体力は明らかに劣っている。
「経年劣化」というやつかな。人間だんだん年を重ねると、回復までに時間がかかるようになってくる。
それが、自然なのだ。

「そんなことはない、努力をすればいつまでも若くいられる。サプリメントを飲んででも、若くいたい」と願う人が多い。それはそうだと思う。できるならそうしたい。わたしはそれを否定しない。
しかしながら、だんだん衰えていくのが「現実」というものだ。
それから逃れられないことを悲しむのは、当たり前のことだと思う。

「ネガティブ思考」「後ろ向き」「甘い」と批判したい人は、お好きにどうぞ。
老化、それは現実だ。
現実を現実として認めることが、なぜいけないのか?

私は無理をしない。越えられない壁を、知っているからだ。
それを無理に超えようとすることはない。

わたしが出来るのは、その超えられない壁を認め、それと「仲良くなる」ことだ。
年々、だんだんと高くなってくる壁ではある。
しかし、それを見ることが、これからの人生を豊かに生きていく、ということではないか?
だから、それがあることが、必ずしも悲しいということにはならない。

よう、限界君、お元気か。
これからも、よろしくね。

2020年6月26日金曜日

苦しかったのに、なぜまた登山したくなるのか?



新型コロナ自粛後の登山は、体が慣れないためにとりわけ厳しいものがあった。
3月から「Stay Home,Stay Alive」と言われ、十分な運動もできない日が続いた。
この間に筋力は落ち、体重が増え、だんだんと山に登る気力も失せつつあった。

「これでは、いけない」
そう思って、自粛が解除された直後から、また登山を再開した。

なれない体に大きな負荷がかかったのだろう。少し体調を崩した。
しかし、もう少し慣れれば体調が戻ると思い、登山を続けた。
その結果、体調が元のようになりつつある。

人間に足があるのは、歩くためだ。
人間に手があるのは、ものを掴むためだ。
使わなければだんだんと衰えてゆく。
中に力がこもり、よどみ、腐ってゆく。

その「停滞」を解消し、体に「気」を流してやるのが、私の「登山」だ。

登山することで、あらゆる停滞はどこかへ流れてゆく。。。

大自然の中で、だんだん自分と自然の境界が無くなっていく感覚が好きだ。

人間は死んだらどうなるのか?ということに悩んだこともある。
登山するようになってからは、それに悩まなくなった。

「ここ」から生まれて、「ここ」に帰る。
でも、本当は「生まれて」すらいるのだろうか?生まれるとか死ぬとかは、人間の側で作ったものではないか、とすら思えてくる。

圧倒的に大きな山の姿は、写真ではわからない。実際に体験しないと、自然の大きさは分からない。

そして思うのだ。「もしも自然がこの小さな私を消そうと思うならば、一瞬で消えてしまうだろう」と。
そうだとすれば、何でそんな小さなものにこだわるのか、と。

歩く時間が長くなるにつれ、だんだんそんなことを思う暇もなくなる。
足や腰の激痛、それすらも意識しなくなってくる。

ただ歩く。歩く。歩く以外、することが無い。

そのうちに下山する。疲れて眠ってしまう。
そして、また登山したくなる。。。

大変な思いをしたはずなのに、どうしてまた登りたくなるのだろう?
自分でも、よくわからないのだ。

2020年6月25日木曜日

奥黒部は美しい 薬師岳は美しい

以前北ノ俣岳から撮った薬師岳の写真。
2014-2015年にかけて、北ノ俣岳へよく行ったからな。
思えばあの時の感動が、ずっと続いているんだよね。
5月の終わり頃、残雪の薬師岳の美しさはこの世の物とも思われなかった。
半径5km以内に絶対人は居ないだろう、と思われる飛越新道から見た薬師岳。

いつか登ってみたいと思っているうちに、5年も経ってしまった。

飛越新道から望む薬師岳。これを初めて見た時、山ってこんなに美しいんだ、と思った。


北ノ俣岳から望む、薬師岳。この時初めて奥黒部をこの目で見た。現在でも、徒歩かヘリコプターでしか人間が行けない場所である。




2020年6月24日水曜日

薬師岳登山計画 明日から本格的な梅雨だ

出典:気象庁天気図を加工して使用。https://www.jma.go.jp/jp/g3/


太郎坂より、薬師岳を望む 2020/6/22


明日からは本格的な梅雨になるので、しばらくは登山できない。

今年の目標は薬師岳に何とか日帰りすること。
先日の薬師峠までのトレイルで、何となく行程の特徴をつかめたような気がする。
本番までの時間、準備の期間と思い、計画を立ててみる。

折立からのコースは、以下のような特徴がある
  • とにかく長い(山頂まで往復21km以上)
  • ゴーロ帯ほどではないが、石が多い
  • 意外と傾斜がある(前半よりも、三角点から太郎小屋あたりまでのだらだらした長い坂がきつい)
  • 風が結構強い
  • 天気が変わりやすい
  • 樹林帯には虫が多い
だらだらした長い坂は、私が最も苦手とするシチュエーションである。同じような傾斜の「飛越新道」は、長いが石が多くないために、まだ足が疲れない。
折立からの道は、きれいに整備されているがその分石が多く、意外にも足と膝への負担が大きい。

サポートタイツは「ランテージ アスリートランナー 7分丈」で登ったが、コロナ太りのせいか、サイズが合わなくなってしまった。そこで十分丈を注文。合わせて、短いソックスも注文。
急登の時は良かったのだが、長距離歩きにはきつすぎ、股関節辺りの負荷が増してしまった。

樹林帯の虫対策は、ハッカ油でだいぶ防げた。
しかし、レイヤリングを失敗し、登山シャツの下に「ジオライン クールメッシュシャツ」だけで登ったため、非常に寒かった。結果レインウエアを着なければならなくなった(レインウエアはゴアテックスでも蒸れるため、基本雨の時しか使わない)。蒸れるとパフォーマンスが落ちる。
そこで「ウイックロン ロングスリーブ ジップシャツ」を注文。虫が寄ってきにくい白に近い色を選択。
半袖は虫対策として不十分。

「登山に服装なんて関係ないよ」という人もいるが、私にとってはこれが登山の体験を非常に大きく左右する要素である。
山には山用のウエアがどうしても必要。登山の体験が嘘のように違うことを何度も経験している。
薬師岳にはぜひとも最高のコンディションで臨みたい。
非常に美しい場所であり、日本でもこんな場所は他にはあまりないだろう。

そして次に、折立キャンプ場に入る時間だ。
折立は整備が行き届き、車で泊まる場合でも快適だと感じた。
なので、前日の19:20までに亀谷ゲートを通過し、車中泊。
登山当日は午前4:00頃から登山を始めれば、太郎小屋辺りまで約3時間半ほどで行ける(体力温存の為、ゆっくり目のペースで)。

薬師峠からは本格的な登山道になるので、ここからは山頂まで4時間見ておいたほうが良いだろう。
剱岳の早月尾根で山頂まで7時間かかっているので、だいたいそんなものかな。

往復13時間かかるという予定なら、朝4時出発で、午後5時ごろ下山出来るだろう。

いちおう薬師峠でテント泊も考慮しておこう。
この場合、朝6時の亀谷ゲート開放で折立に入り、10時半ごろテント設営、山頂に行って15時ごろテント場まで戻って来られるだろう。
この方が現実的かな。

本番まで、いろいろ考えることが多そうだ。

2020年6月22日月曜日

薬師峠まで下見に行ってきた

体調は思わしくないが、「山に登れば治るだろう」と思い強行。
生まれて初めて入る折立登山口から、行けるところまで。
今年は薬師岳に登りたいと思っているので、下見のつもりで行ってきた。

途中から天候が崩れてきて、風雨が強くなってきたので、太郎山に登って退散。
記録はYAMAPにも上げておいた。

実際、下山後は体調が回復!

太郎小屋へ向かう「太郎坂」。緩やかだが距離が長い。私が最も苦手とするコースだ。前半のような急登のほうがかなりマシだ。どれだけ歩いても標高を稼げない。

薬師岳の遠いこと!あまり慌てて歩くと、十分に体に堪える。サポートタイツは無いほうがよいのかな?

薬師岳山荘が少し見える。

薬師峠に向かう木道

薬師峠。ここで昼食。だれかがテントを設営している

帰りは太郎山に登って終わる。北之俣岳が美しい。ここから3kmほど。

太郎山山頂。今日はここで終わり。だんだん風雨が強まる。

チングルマ見ごろ

鍬崎山

五光岩ベンチから、薬師岳。かなり手ごわい山だというのは理解できた。今度は登頂したい(いつになるかな?)

2020年6月20日土曜日

体調不良 アレルギー反応か?



6月5日に行った鍬崎山以来、どうも調子が良くない。2週間ほど、山に登る気力が起きない。
特別きつかったわけではない。
原因があるとすれば、想像もしていないほど多かった「虫」に、何か変なウイルスでも注入されたのではないか?ということぐらいか。

虫に噛まれた後、ひどく腫れてしまった。1週間ほどで治ったものの、今度は自宅でブヨに噛まれた。
普段なら、ブヨに噛まれたぐらいでは腫れることなど無かった。
しかし、今回は違った。噛み跡がみるみる腫れて、水膨れになって痛むのである。
しかも、筋肉や関節まで痛む。
こんなことは、今まで経験したことがない。それが治ったのが、昨日あたりか。それまで水ぶくれになっていた。

一度ひどく噛まれると、後から「アレルギー反応」が起こることがあるらしい。
ハチに刺された人が、もう一度刺されると危険だ、という「アナフィラキシーショック」もアレルギーであるが、それによく似たことになっているのだろうか。

鍬崎山の時は、たしかに虫に対する備えが甘かった。
半袖、短パンにスポーツタイツだった。

半袖の色は、ブヨが好むという「青色」、タイツは黒であり、ザックも「青色」だった。
これでは、わざわざ虫を誘っているようなものである。

次回はこのようなことにならないように、よく工夫しなければならない。

虫はほんとうに侮れない。今まであまり被害に遭っていなかったのは、偶然だったとしか言いようがない。

鍬崎山のブヨは、深く私の記憶に刻まれるだろう。「あの山の虫は、強烈だ」

2020年6月17日水曜日

新型コロナ 第二波の懸念

北京ウイルスは武漢ウイルスよりも強い



日本では落ち着いているように見える新型コロナウイルス。
しかし世界では「第二波」の到来や、感染拡大が広がり、混乱の様相が見えている。
アメリカはさらに増えている。
インドでも、ブラジルでも、感染拡大はさらに加速している。
この事からも明白なように、気温、季節は関係ない。

とくに気がかりなのが、北京での拡大だ。これは武漢で発生したウイルスよりも強力だという。
僅かの期間に変異したのか?

日本でコロナが拡大する前、1月ごろの状況に似ている。
ただ、あの時はインバウンドが多数来日していたが、今回は渡航制限によって海外からの人の流れが無いことが大きな違いだ。

兎に角、またしばらくの間、警戒しなければならない。

ウイルスの伝来は完全に防ぐことは出来ない。日本は輸入に頼っているし、完全に防疫することは不可能である。必ずどこかから入っていると思われる。

もう夏なのに、まったく衰えを見せない新型コロナウイルス。
ほんとうに、厄介なウイルスである。

登山もしばらくは様子見という事になるだろう。何となく気が進まない原因は、これだとおもう。

今は嵐が過ぎ去るのを待つしかない。
登山している時、嵐の中は歩かないだろう。

2020年6月16日火曜日

山に呼ばれないときは、登山しない


大鷲山より

山に行く前は、さまざまな計画、準備(登山届、保険など)が終わった後で、以下の事をチェックする。
  • 天気図を見る
  • 上空の寒気を見る
  • 体調が万全かどうか
そして最後に考えるのが

登る山に呼ばれているか、どうか?

ということである。これが一番重要である。
「山に呼ばれていない」と思う時は、その登山を中止する。
どんなに天気が良くても、どんなに条件が良くても、である。

たいていの人は「そんなバカなことがあるわけがない」というけれども、「山に呼ばれる」ということはある。
「思い込みじゃないの?」とかいう人もあるが、私は自分の直観を信じる。

山に呼ばれていないときに無理に登山を実行すると、あまり良い目には遭わない。

私の今までの経験から、そういうことがあると思う。

「何となく嫌だな」と思うなら、やめておいたほうが良い。
それは、勇気ある撤退に含まれる。

登山は計画の時点から始まっている。
条件の良いときは、他にもある。

一度我慢したぐらいで、山は逃げたりしない。

2020年6月15日月曜日

小池百合子氏

夏の紅葉


『女帝 小池百合子』(石井妙子)

東京都知事、小池百合子氏は新型コロナをうまく抑えている、と言えるだろう。
少なくとも韓国、中国よりもうまく、新型コロナウイルスを制御することに成功している。
欧米、中東、南米の惨状を見るにつけ、同じことがなぜ東京で起こらなかったのか、本当に不思議である。

これは東京の都知事の功績である、ともいえる。

しかし、功名を上げると、必ず妬むやつが出てくる。
特に女子の世界では、そういうことが起こりやすい、と言える。
「あの人だけ、うまくやっているのが気に食わない」と感じる度合いは、女子の方が大きい、と言わざるを得ない。

『女帝 小池百合子』という本は、典型的な暴露本であり、実につまらない本である。
この著者が、いかなる人物かは知らないが、有名な女性の過去を暴露する手法に長けた人だと思う。
まあ、この人が小池百合子知事と同じことをできるとは思わないが。

はっきり言って、彼女がカイロ大学を卒業していようがいまいが、そんなことはどうだってよい。
現に今、未曽有の危機に対処している、その点が評価されるべきである。この点で天才的な政治家である、と間違いなく言える。

誰かが功績をあげると、それを妬ましく思う人間が必ず出てくる。
度が過ぎると、「怨念」「想念」という形を取り、その人の不幸をねがうほどになる。
過去にどれだけそんな例があることだろう。
人間の「業」の深さを思い知る。

今は新型コロナも完全には解決していないのだ。まだまだこれからという時に、中心となる人物を叩くことに何の意味があるだろうか???
非常に疑問である。

その意図はうかがい知れないが、背後にうごめいている、どす黒い世界が見え隠れしないでもない。

2020年6月14日日曜日

誰もわからない世界



人間社会というのは、「共通認識」で成り立っている。
「私はそれが無いと思う」と言っても、その人以外の多くの人が「いや、それは厳然として目の前にあるのだ」と言えば、多いほうの意見が採用される。
多数決の民主主義社会では、これが真理である。

一方の共産主義国家や独裁主義国家ではトップに立つ「個人」の信じる見解や思想が絶対的に正しいのであり、多くの人間が真理だと思っていることでも、トップが間違いだといって否定すれば、それは間違いになる。

人間は真実に対する「なんらかの基準」を必要とする。
その基準があいまいになると、一歩も前に進めないことになる。
しかし周りの人間が理解できることでないと、それは相手に伝わることすらない。

まれに「自分の基準は、自分だ」と主張する人が現れることがある。
これは真実に対する「いまひとつ」の在り方であり、資本主義や共産主義、あらゆる「集団的な幻想」を超越し止揚した在り方でもある。

この立場では、「意志と表象としての世界」ではないが、自分のすべては自分が作る。
ただ、それを生み出しているものを、我々は知ることが出来ない。

このため、人がいったんこの立場に立つと、誰もその人の考えていることを理解することが出来ない。
言葉に表しても、誰の心にも届かない。
言葉の限界を超えて表現する、というのは、そもそも不可能なことをしようとしていることになるので、わけがわからなくなってしまう危険を常にはらんでいる。

あまりにも強烈な経験をすると、人はそのような方向に向かってしまうことがある。
自分の体験を、何とかして伝えたいと思うために、言葉や映像や芸術やその他の表現で伝えようとしてしまうのだ。

しかしそれは成功することは少ない。それらの表現手段が、体験に対してあまりにも貧弱であるからだ。
したがって表現手段を超えた体験をすると、どうしても無理をしてしまう。

私がこの文章を書く時に、実はある人物を思い出しながら書いているのであるが、最近その人は無理をしていると思う。

数理哲学者のR.ヴィトゲンシュタインは「人間は語りえないことに対しては、沈黙すべきである」と言っているが、これは本当にそうだと思う。

彼が自らそのことに気づき、また元の一登山者に戻ってくれることを願っている。

ソーシャルディスタンス(社会的距離)


明星山山頂より北アルプス主稜線を望む 2019/6/18

梅雨前線が到来し、蒸し暑い空気が入ってきた。
梅雨の晴れ間はアウトドアに行ける可能性もあるが、今年は遠出は自粛しなければならない。
コロナの患者は若い世代を中心に、東京などではまだ新規に発生している。
店に買い物に行けば、レジの前には線が引かれており、シートで覆われている。
治療薬とワクチンが開発されない限り、この状況をなくすことは無理である。

人間と人間の距離が近いと、どうしても飛沫や接触により感染しやすくなる。
登山においては、少人数か単独での登山が推奨されている。これにより「ソーシャルディスタンス」が確保できるのが理由である。

サービス業にとって、完璧な防疫対策を作ることは、大変な作業だ。
人の触れる場所全部の消毒、フェイスガードの装着など、ハードルの高い問題がある。
小規模な店舗であれば、なおさら大変だと思う。

たしかに最初から「3密」を避けるように警告はされていた。しかしサービス業の人にとって、これを避けるのは難しい。
「人間と人間」のコミュニケーションは、Zoomのようなオンライン会議システムを使うだけでは、誤解を生むこともあるから。
人間のコミュニケーションは、いわば全身全霊で行うものだ。その場にいないと、相手の気持ちや心まではわからないものだ。相手の発する微妙な「気」を、インターネットは伝えてくれない。

文字や動画、音声の伝える情報には限界がある。
また、情報があやまって伝わってしまったりすることが多くある。
この点を逆さに取って、意図的に情報を改ざんして、相手を誤らせようと企む者すらいる。

「人間対人間」のコミュニケーションが円滑に行われるためには、インターネットで伝達できる情報だけでは、情報量が少なすぎるのだ。

2020年6月11日木曜日

登山系SNSに書くときに気を付けていること



ヤマレコをやっている時にも感じたことだが、登山系SNSではどうしても情報を「盛る」心理が働いてしまう。
だいだい以下のような傾向に陥ることがある。
  • 標準コースタイムより、どれだけ早く歩けたかを強調する
  • 生命の危機を乗り越えた事を強調する
  • 山がどれだけ美しかったかを強調する
これらに共通するのは「自分の力が強い」ということを宣伝する行為。
登山を重ねることで体力・技術が向上し、さらに難しい山に挑めるようになることは悪いことではないだろう。
それに伴うように風景を楽しめる余裕も出てきたりする。
そうやって「いいね」がたくさん付いたりすると、自分の能力が「承認」されたような錯覚に陥ってしまうことがある。
登山系SNSで厄介なのが、この点だ。結果自分の現在の能力(年齢や技術)を超えた登山を実行に移し、遭難してしまった人を私は知っている。
私が登山系SNSをあまり好きでない理由は、このような苦い経験があるからだ。

YAMAPは少しマシだと思っていたが、それでもそういう傾向が最近出てきているような気がする。
やはり、登山系SNSは皆同じなのかな?
(そういう傾向が顕著にみられた場合、書くのをやめようと思っている)

ヤマレコは、そういう点に気が付いたのか、最近では標準コースタイムに対し、極端に速ければ「とても速い」などの文字を表示するようになっている。
これだと、他の人が見た場合、その記録が参考にすべきものなのかどうか、一目瞭然である。

そして、生命の危機を乗り越えたことを強調することに関しても、そもそも山で生命の危機に遭うことは絶対に避けなければならないことだ。
それは遭難寸前を意味するからだ。
ましてやそれを武勇談として語ることは、誤解を生むことになるから避けるべきだと私は思っている。

以上のような事から、私は登山系SNSに書く時、参考にする時、このようなことに気を付けている。
  • その記録は、楽しいことよりも、苦しいこと、失敗したことを強調して書いているか?
「標準コースタイム」は、山をよく知っている人たちが、無理なく登れる時間を計算して公表しているものである。これに異議を唱えるには、それなりの根拠がなければならない。
根拠が示せないならば、これに異議を唱えることは出来ない。
だから、標準コースタイムより速く歩くことは、危険性が高いということになる。

山は楽しいことよりも苦しいことのほうがずっと多い。
無事に下山するとほっとして、苦しいことの方は忘れてしまう。
そしてその記憶をSNSに上げてしまうので、見た人は「楽しいことばかり」「大した事ないじゃないか」と誤解する。

実際、登山は何かあれば助けを呼ぶことが難しい。人間の住んでいる世界からかなり離れているから。
登山者は常に恐怖、不安、危険と戦っているのだ。
自覚していなくとも、何かがあればそれを自覚させられることになるだろう。

2020年6月10日水曜日

蟲師(むしし)



もう17年ほど前に書かれた『蟲師』という漫画がある。
私はある人からこの漫画の存在を知らされたが、当時は気持ち悪くて読まなかった。
実写映画化(オダギリジョー主演)やアニメ化もされるほど売れた漫画だったらしいが、どうも「虫」が出てくるのは苦手だ。

山に登るようになってから、私は自分が少し虫に好かれることに気が付いた。
この漫画の主人公「ギンコ」も、虫を寄せ付ける体質だという。

ただ、この漫画に出てくるのは、普通の昆虫ではなくて、山の精霊とか妖怪に近いものだ。
これをコントロールする力を持つのが『蟲師』という存在らしい。

いろいろな種類の「蟲」が登場するが、人体に寄生したり、襲い掛かってくるものなど、色々いる。
「蟲」は「光酒(こうき)」という、酒の形を取ることもあったりする。
一言でいえば、「山の神秘的な力が形を取ったもの」である。

この間山の中で纏いつかれたのは「ムグラ」という蟲に近い。これは山の神経のようなもので、蟲師はこれによって山の様子を知ることができる、という。

『蟲師』の作者は多分自然が大好きな人だと思う。
そのため自然の描写が美しく、なかなかよさそうな漫画だと思った。

山には必ずしも美しい風景だけがあるのではない。目をそむけたくなるような大自然むき出しの光景を目にすることもある。
動物の死骸、排せつ物、それに群がるウジ虫やハエ・・・
病気のために変形した植物等々・・・
普通人はそういうものには目もくれないで、先に進もうとする。
しかし、それも素晴らしい風景を構成している一要素であることは、疑いない。

山の中で意識が研ぎ澄まされてくると、普段そういうものを直視することは難しいはずなのに、何も思わなくなってしまう。
認識のシステムが、だんだん自然の側に移動すると、そうなるような気がする。

これが本当に進めば、大自然と一体になるところまで行くのだろうか?

新型コロナウイルスは、もともと中国雲南省の山奥の洞窟にいた「キクガシラコウモリ」に由来するウイルスらしい。これは普通なら人間界に出てこないウイルスであるはずであった。
しかし今、世界中に恐ろしい惨禍をもたらしている・・・

人里離れた山奥には、今でも未知の「蟲」たちが存在しているのだ。

2020年6月9日火曜日

山で纏(まと)い付かれた虫たち

先日の鍬崎山へ行ったときにまといつかれた虫たちがカメラに写っていた。
しかし同じ時期に登った人たちは、SNSを見てみると誰も「たいしたことはなかった」という意見。
ということは、私だけが何らかの原因で虫を誘引していた、ということになる。

ぶよの類は人間の排出する二酸化炭素に誘われて集まるらしい。
しかし、それは他の人とて同じだろう。
なぜ私だけがこれほど纏いつかれたのだろう?

※追記 こんな情報もありました。ようするに「体が甘くなっているから、虫が寄ってくる」という事らしいです。
知らないうちに、糖尿病にでもなってしまったのかな?

わざわざこんな事を書くのは、虫の数が今までに無いほど、多かったからだ。
これまでたくさんの山に登っているが、こんなことは経験したことが無い。
山ではとても不思議なことがある。

山に歓迎されたのか、それとも、拒絶されたのか?
いずれにせよ、今でも腫れが引かないほど、噛まれてしまったことは事実である。

細かいぶよたちがたくさん写りこんでいる

歩いている時に見ると、ちょうどこんな感じで見える。うしろを振り返ると、さらにたくさんいる

この写真などは、特にはっきり蟲たちの姿をとらえている。

2020年6月8日月曜日

自己流登山のスタイル



久しぶりにきつい登山をやったので、昨日まで筋肉痛が残っていた。
若い人たちと違い、年齢を重ねると体に負担がかかるんだよね。

私と同じような世代の人でも、トレーニングを重ねている人はフルマラソンやトレイルランニングもできるらしい。
しかし昔から運動が得意でなかった私には、そんな真似は無理である。


道端に生えている草、花、木の自然な美しさに感動し、こせこせした人間社会を離れた新鮮な空気を吸うのがとても心地よい。
だから人を誘うこともないし、誘ってもついてこない。たいていは「なんでそんな危ないところに行くのか」と言い、「そんなしんどいことをして、何か意味があるのか」と言われるだけだ。
だからあまり登山していることを人に話すことはやめた。

難関の山やタイムトライアルで登山するのは、純粋なスポーツとしての登山スタイルであろう。
マラソンや水泳と同じようなものかもしれない。

しかし私のやっているのは、何か別の事だ。

「自分の限界を、超える」
「こころを鍛える」

山は多分それらを教えてくれる。
たくさんの試練を与えることによって。

2020年6月7日日曜日

目標 チャレンジ 再生

良い山に登った後の感動は、後からじわっと来る。
虫に追い立てられながら、苦しみながら登った目の前には、雄大な北アルプスの大パノラマ。
360度遮るもののない山頂に立てば、さらに高い山々がちっぽけな自分を見下ろす。
最近マイナス思考ばかりだった。コロナで世界は先行き不透明。いろんなことがとても良くない状況にある。
それでも、目標を見失っちゃいけない・・・
そんなことを思いながら、Seamoの「One Life」を聞いていたら、山頂での光景が蘇ってきた。

https://youtu.be/r3QdcODPcvI


まっすぐ前には薬師岳。虫にまといつかれてくすぶっているのは、今の自分そのものだ。
こんな大きな自然の中にいて、どうして気が付かないんだろう?
普段、こんな自然のルールの中で自分が生かされている、ということを。
この造形がどうやってできたのか?そんなことが人間の力で分かるはずもないし、これをどうすることもできない。
ただ、ひれ伏すだけである。そして感謝するだけである。
これを受け止めるしかない。それ以外、何ができるというのだ。


この導水管を辿れば、まっすぐまたあの山頂に行けるのだ。
山に登ることの意味は、一人で見つけるしかない。
命を失うかもしれない。しかしそれはいつも通り生きていても同じことだ。
ならば、何か目標をもって、また歩みなおすほうが良いのではないか?

人生も半ば過ぎ、これから先の事を案じてみても仕方がない。
一歩一歩、山頂に向かって歩けば、いつかはどこかに至れるのではないか。

2020年6月6日土曜日

鍬崎山 マイナーな名山

緊急事態解除後の2番目の山は、立山の横にある鍬崎山(2090m。くわさきやま)。
全国的にはあまり有名な山ではないが、日本300名山の一つでもある。
富山市から見ると、南東の方向にピラミッドのように一つだけ尖った山があるが、これが鍬崎山である。
独立峰であり、姿が美しいのでいつか登ってみたい山であったが、今回初めて登頂することがかなった。
今まで敬遠していた理由は、往復11時間以上かかるという長丁場の山であることだ。
登った人が皆大変だ、と言う。しかも今はゴンドラが運休しているから、自分の足で登らなくてはならないのだ。
しかしいつまでも登らないままでは、死ぬまで登れないかもしれない。意を決して登ってみることにした。

感想:
とにかく虫(ぶよ)の多い山であった。今の時期に山に登れば多少の虫はいるのだが、この山は特別多かった。
虫よけスプレーは多めにかけていったが、それでも体中を噛まれた。
なんらかの虫対策が必須の山であることは確か。少なくとも蚊取り線香、防虫ネットは必要だ。
貯水池の上あたりから、大量にまとわりつかれた。早朝出発だったので、余計多かったのかもしれない。
稜線に出ても、山頂にいても同じであった。
半袖、短パンだったので余計悪かったのか?しかし長丁場で、暑かったので他に方法が無かった。
服装をもっと考えなければならない、と思った。

虫よけをかけてきたのに、ものすごい虫の数。休憩もままならないまま、約4時間で山頂に到着。独立峰なのでたいへん景観が良い。

空にはおもしろい形の雲がある。残雪の北アルプス。

この岩が鍬崎山の最高点。

登ってきた尾根を振り返る。ほぼ直登。

雄大な薬師岳、北ノ俣岳、黒部五郎岳

山頂の標識

山頂にある山桜。これを前面に立山連峰の写真が撮れる

藪の中にあった2等三角点の説明板。

雪渓も少しあるが、すぐに終わってしまう。今日は気温が高く、体が暑さに慣れていないので、とてもつらい。

独標から鍬崎山を振り返る。ここからだと、のこり1kmぐらいの距離かな?

唯一の岩場。距離はほんの少し。

独標から少し下ると、登山道が崩壊しているところがある。ここは注意しなければならない。

まだ落ち葉が残っているので気を付けないと滑る

稜線から樹林帯に入ると、涼しくなる。しかし虫(ぶよ)の攻撃は続く。

あまりに虫の攻撃がしつこいので、帰りはこの導水管の横の階段を使わせてもらって一気に標高を下げることにした。

すごく急な階段だったが、その分速く標高を下げられるんだよね。