2022年9月6日火曜日

キュリー夫妻

 放射線の透過力について

(α線は紙を透過できない。β線はアルミ箔、γ線は鉛や鉄、中性子線はコンクリートや水を透過できない)

ポーランド生まれの科学者、マリ・キュリーは数トンの「閃ウラン鉱(ピッチブレンド)」の中から、たいへんな努力によってラジウムをわずか0.1gであるが取り出し、放射性元素の単離に成功した。またベクレルによって発見された「放射能」という概念を確立したことでも有名である。

小学校の道徳の教科書や、本棚にあった偉人の伝記で知っている人も多いであろう。

最初は必ずしも恵まれた環境の中で研究できたわけでなく、当時の男尊女卑の社会にあって、自らの科学的研究を貫きとおした姿勢は、称賛に値する。

のちにノーベル物理学賞、ノーベル化学賞を受けたが、これは女性では初めてのことである。今の「理系女子」の元祖ともいえる人物であった。その研究はその後の放射線研究の先駆となり、放射線医療や原子力発電などに繋がっていく。

しかしながら、女性であるという理由で、社会の偏見に常にさらされ、苦労が多かったようだ。

だが、晩年まで研究への情熱は衰えることを知らず、放射線被ばくによる再生不良性貧血によって66歳で亡くなるまで、研究をつづけた。

彼女が苦労して取り出した「ラジウム」は、放射線治療や夜光塗料などに利用されたが、現在では、扱いやすい放射性物質が発見されたり、蓄光塗料の開発などによって、使われていない。

それにしても、数トンの鉱石の中から、0.1gしかない希少な元素を取り出すには、どれだけの苦労が必要だっただろうか?

放射性鉱物を目の前にして、ふとそんなことを思い出したので書いておく。