以下はシーグラス(波で削られた人工ガラス)なのだけれども、中にはすごく良いものがある。
ほぼ球形なのだが、ラムネの玉か何かだろうか?
あるいはビー玉?水槽の飾り?
しかし、深い青色は天然には存在しない色だ。
波に洗われると、独特の味が出る。
古墳時代にもなると、ガラス製の勾玉も作られていたようだ。
美しさを追求すると、だんだん夾雑物が取り除かれていくのだろうか?
ひすいは純粋に混じりけのないものは、ごくごく少ないので、素材としての美しさを追求するためには、十分な素材ではなくなっていったのかもしれない。
ガラスは割れやすいが透明で、見た目が非常に美しい。
縄文時代には無かった新しい「美」がガラスだったのかもしれない。
しかし、その代償として素材の「堅牢さ」が失われてしまったともいえるだろう。
縄文時代のヒスイ製装飾品の美しさは「本物」である。