2020年11月27日金曜日

『野生の思考』が愛読書のわけ

 


クロード・レヴィ=ストロースの『野生の思考』という本が好きな理由を書いておこう。
レヴィ=ストロースは人類学の偉大な学者であるが(10年ほど前に100歳ぐらいでご存命であった)、単なる人類学者ではなくて、世の中のものの考え方(思想)分野に大きな足跡を残された学者である。
「構造主義」という、物事の背後にある「モデル(構造)」を発見する学問を進めた人であり、非常に広範な教養を持っておられ、一時代を作った学者である。

今となっては古典であるが、『野生の思考』は当時の実存主義哲学者であるサルトルに対する「論難」の書である。サルトルは当時のヨーロッパ哲学の最先端を行く「哲人」であった。

西洋哲学や科学が、ヨーロッパ独自の発展であり、もっとも高度な思考であり、その他の「未開民族」の思考は動物に近い程度の低い、愚かな思考方法であり、進んだ西洋文明によって啓蒙されて当然である、という考え方を、レヴィ=ストロースは見事に論破する。
事実、「未開民族」とされていた人々の思考は、構造において「西洋科学的思考」と等質である。つまり劣ってもおらず、優れてもいない。

『野生の思考』はとても難解な著作であり、理解することがとても困難で、今でも「するめを噛むように」楽しんで読んでいるのだが、何度読んでも着眼点のすばらしさ、ものごとの背後にある「言葉では言い表せない」ほど複雑な「構造」をあきらかにしようという姿勢には心を打たれる。
この「構造」は人類共通のものであり、環境によって動的に変化する。
半世紀前にレヴィ=ストロースによって提示された課題の一端が解明されつつあるのであるが、この書がいかに独創的な着眼点をもっていたか、示すにはこれで十分であろう。

「構造主義」は様々な分派をしたが、その基本は「ものごとの背後にある普遍的な仕組み」を解明する点、または、「明らかにされえない部分」を示すこと、である。
すべての物事が「明らかにされえない」ことも確かである。人間の知性の限界、というものは確実にある。
『野生の思考』で示されるモデルは、複雑な人間社会の「構造」の最も単純化されたモデルに過ぎず、これをもってすべての「構造」が明らかになるわけではない、ということを知らなければ、著者の意図を誤解してしまうことになるだろう。

著者が一番言いたかったことは「西洋文明」ですべてが解決できるわけではなく、かといって「未開社会」の文明がすべてを解決していたわけでもない、という事である。

あくまでも「人間の思考」の限界が、どの辺にあるのかを示しただけである。