私が青海に赴任してまもなくのころ、黒姫山山頂で展望した飛騨山脈北延主稜線の印象が強烈に残っていた。幸いなことに、私たちの住む当地域には有名無名の山々が数多くあった。そしてそのなかで、朝日岳から犬ヶ岳への感動の山並みにはいまだに登山道がなかった。小野 健. 栂海新道を拓く 夢の縦走路にかけた青春 (山岳叢書) (Japanese Edition) (Kindle の位置No.275-278). Kindle 版.
青海黒姫山山頂から、北アルプス主稜線を望む |
青海黒姫山は、栂海新道を拓かれた小野健氏にゆかりの深い山だ。そもそも、栂海新道を拓こう、と決断されたのは、この山から望む北アルプス主稜線北部に、まだ登山道が無かったのがきっかけであった。
青海黒姫山は標高こそ低いものの、素晴らしい山だった。今までに登った山でも、1、2を争うほどの景観を持ち、登山という行いの、あらゆる要素を含んでいる、と思った。
標高の低い場所では、爽やかな草原、だんだん登るに従って、白鳥山の山姥洞に向かう道のような、細いトラバース、雪渓のかなり急な登り、ルートファインディング、最後は岩稜歩き、とバラエティに富んだ要素を持つ。
この山に登ることで、「登山とはこういうことなのか」ということが身を持って体験出来る。一つの山に登るだけなのに、これほど状況が変わる山もあまりない。やはり海のそばに屹立する石灰岩の巨大な岩山という特殊な環境がそうさせるのである。
この山の山頂から望む、日本海から白馬岳までの、標高差3000m近い地形を目の前にすると、日本の自然の豊かさや、その神秘に畏敬の念を生ぜざるを得ない。
「あの稜線に、新たな道を拓こう」と思われた小野健氏の思いが、直に感じられる場所である。
大地と天空の間にいる、私たち人間はちっぽけな存在であるが、天と地の境に道を切り拓くことも出来る。
人間の力も捨てたもんじゃないではないか。