2021年12月7日火曜日

この石をひすいと判断してもよいのか?

以前にも書いたように、きれいだと思った石がひすいだと私は思う。
しかし、「鉱物としてのヒスイ輝石」であるかどうか、となると、イメージと実際が一致しない場合もあるだろう。
例えば、以下のような石は、ヒスイ輝石岩である、としている人もいるようだ。
角があり、比重があり、硬い。しかしながら、私はこれをひすいだとは判断したくない。
自分の感覚だが「ひすい独特の雰囲気」がない、と思うからだ。この感覚は全くの主観である。
私の中では、この石は「ロディン岩」に分類されるし、実際今までそうしてきた。
「きれいだ」と思わせる何かがないと、その石に対して、どう向き合ってよいのか、わからなくなるからである。
ひすいは「徳」のある石であり、何も感じられない場合、その存在を特別の存在とは出来ないのだ。

比重がヒスイ輝石の理想比重(だいたい3.3程度)であり、ひすいに見える。しかし、何かが違う。

もし上の石がヒスイ輝石岩であるとすれば、この石もヒスイ輝石岩だという事になる。

私がひすいだと思っている石は、この写真のような石だ。独特の雰囲気がある。この雰囲気は「勘」でしか分からない。

2021年12月6日月曜日

勝山 条件は割と良かったが砂多し

今日は久しぶりに勝山でひすい拾い。引き潮で条件は割と良かったはずだが、砂だらけ。
やはり青海川河口の整備で、砂浜が出来るようになったからだろう。これからはあまり期待できそうもない。
石の質もあまり良くないようだ。しかし、比重を計ってみたら理想的な石が多かった。しかし、ロディン岩も、ヒスイと比重が同じである。

冬になり、波も大分荒くなってきて、ひすいが打ちあがるようになってきた。
しかしこれは「非常に波の力が強い」ことを意味する。
油断すれば、大荒れの海中に引きずり込まれる。
また、今日はうねりが強く、何回かに一回は、非常に高い波が来ていた。

ひすい拾いを始めた頃は波の怖さが分からず、かなり沖の方を探していた。
しかしだんだん回数を重ねるにつれ、恐ろしくてそういう危険なことは出来なくなってきた。
たとい救命胴衣を着けていたとしても、あの波では助かるかどうか分からない。

以前「ひすい拾いは、サーフィンに似ている」と書いたことがあるが、常に波に注意していないと、思わぬ危険にさらされることになる。
有名なサーファーのグレッグ・ロングが波の中で感じたことを思い出し、謙虚な姿勢で海岸に降りなければならないことを再認識した。

今日拾った石たち。上がひすいかロディン岩。下は曹長岩と石英。

比重3.2の白い石。ロディン岩にも見える。透過色が青くない。

比重3.2 結晶キラキラの石。結晶が荒いので、すごく良質な石、とは言えない。

上の石の結晶。比重があるので、曹長岩ではない。

比重3.02の石。一部に結晶が見えるが。

透過色は非常に良い。今日拾った中で一番良いと思う石。

2021年11月10日水曜日

山から教わったこと

 


登山はそこそこ厳しい山が良い。
あまりゆるい山だと、なんだか物足りないし「不完全燃焼」みたいな、何か残ったような感じがするからだ。
多少筋肉痛が続いても、やはり「厳しい山」はよいものだ。若い人なら筋肉痛や疲れなど、一晩寝れば治ってしまうだろう。
だが、ある程度年齢を重ねると、どうしても後に引く期間が長くなってくる。
そんな時、「年を取ったなあ」と思う。
回数を重ねれば重ねるほど、「山から教えられること」も多くなってくる。
わたしが登山をやってきて、山から教えられたことで、思いついたことを書いておこう。

1、人間の体力は年と共に衰える。しかし筋力はトレーニングすれば強くなる

以前なら楽に登れていた山であっても、年齢を重ねるとしんどかったりする。
しかしながら、道具の工夫や歩く時のコツがつかめてきたりして、以前よりも短い時間で登れたりする。
定期的に山を歩くので、山登りに必要な筋肉が付いているのが自覚できるようになる。
「次回登る時は、こんなことに気をつけよう」という知恵もついてくる。

2、天性の体力を持った人がいる

自分が12時間かけて往復した山を、6時間で往復する人たちがいる。
そういう人たちの写真を見ても、特別筋肉がありそうにも見えない(むしろ無駄な筋肉がなく、すらっとしている)。
歩く姿を見ても、べつにトレイルランニングをしているわけではない。普通に歩いているのである。
そういう人たちがいるものである。
若いころは彼らに「負けられない」と頑張ってみたが、だんだん年齢を重ねてくると、どれだけ鍛えても、そういう人たちには及ばない事が自覚できるようになってきた。
世の中には、「天性の体力」「天性の運動能力」を持った人が存在するのだ。
知能においても「天才」がいるように。
自分にはそういう人たちの真似はできないことが、はっきりと自覚できるようになってきた。

3、自分の体力と技術に応じて、無理をしない

「天性」に恵まれた人たちに敵わないとしたら、そこで登山をやめてしまうのか?
いやいや、そもそも自分が登山を始めたきっかけは何だったのか、考えてみよう。
別にタイムトライアルをやることが目的だったのではないだろう。
どんなに遅くてもへたくそでも、登ることによって何かを学ぶことが出来るから、続けて来られたのではないだろうか?それはすべて自分の問題なのである。他人と比較するようなことでは、そもそもなかったのだ。
滑ったり、転んだりしながら、痛い膝や腰を引きずるようにして、下山する。
登った以上、降りてこなければならない。それを愚直に繰り返すこと。
それが「楽しいこと」であるからこそ、今まで続けてこられたのではなかっただろうか?
登山は「楽しむ」ことが大切だ、という事がだんだんわかるようになってきた。
だから、体力の限界を超えるような登山はしなくなった。高度な技術を要する山にも登ろうとは思わなくなった。無理をすればきっと楽しくないからだ。

2021年11月9日火曜日

大笠山と”五箇山自然文化研究会”

 YAMAKEIオンラインで紹介されている「五箇山自然文化研究会」

日本山岳遺産基金

水場まで新しく整備された道

「五箇山自然文化研究会」という会がヤマケイオンラインで紹介されていた。大笠山までの登山道整備や外来種植物の除去などをされている団体である。
大笠山に登っている時に「こんな大変な場所をいったい誰が整備されているのだろうか?」と思っていた。
あの険しい登山道を草刈り機を担いで登るのは、非常に大変だと思う。
切り立った崖にロープや鎖を取りつけたり、木道をつけたり、土砂の流れ止めの為に階段を整備したりと、登山道の整備には大変な労力がかかっている。
そのおかげ様で、われわれハイカーや登山者は、気持ちよく登山をさせていただけるのである。
もう感謝の一言しかない。
大笠山のすばらしい自然を間近に観察に行けるのも、研究会の皆さんの献身的な努力のおかげである。
ありがとうございます。
五箇山と白川郷は世界遺産に登録されている、日本でも特別な場所の一つである。
有名な合掌づくり集落が美しいのは、背景の自然環境があればこそだと思っている。
これを守ろうという地道な努力が、五箇山の存在をさらに「かけがえのないもの」としているのだ。
未来に伝えていくべき、美しい文化遺産がここにはある。

2021年11月8日月曜日

日本の山には樹林帯がある

 

日本の山はどこも美しい樹林帯を持つ山が多い。
先日テレビでイタリアのドロミーティ国立公園を放映していたが、日本の樹林帯のような高木がほとんど無いように見えた。
そして特徴的な岩。それはそれでヨーロッパ・アルプスの特徴であるので、非常に美しいのであるが。
日本でも、穂高の上の方に行けば、よく似た風景に出会うことができるだろう。
日本は湿気が多いためか、さまざまな木が山に生えている。
それが他には無い日本の山の特徴の一つでもある。
また、日本には四季があり、冬になると多量の積雪がある。
これも日本の山に「うるおい」をもたらしているのかもしれない。
地元の身びいきではないが、やはり日本の山はいちばん落ち着ける場所のように思う。