2021年3月5日金曜日

ABC予想 有限個しか存在しない

 

a + b = c

を満たす、互いに素な自然数の組 (abc) に対し、積 abc の互いに異なる素因数の積を d と表す。このとき、任意の ε > 0 に対して、

c > d1+ε

を満たす組 (abc) は高々有限個しか存在しないであろうか?

数学上の未解決問題である。
”2012年9月現在、ABC@Homeは2310万個の3つ組を発見しており…”
とあるので、今後多桁演算がもっと高速で出来る様になれば、さらに発見される可能性がある。
しかし無限個ある、と証明する前に、人類が地球から存在しなくなる。
理論上は無限個あるであろうが、それを証明する前に証明する人がいなくなるので、有限個しかない、ということにならないか?
自然数が理論上、無限個あるのと同じである。
しかし、数え上げる前に、数える人類はいなくなる。

バヌアツ付近での地震

USGS, Washiucho - 投稿者自身による作品, translation of File:Plates_tect2_en.svg, パブリック・ドメイン, https://commons.wikimedia.org/w/index.php?curid=10692695による を加工して使用


「バヌアツ付近で地震があると、近い将来日本でも地震がある」という。プレート図を見てみると、それほど関係があるようには見えないが、6,7割の確率で起こっているようである。

今朝、ニュージーランドの北、ケルマディック諸島でM8.1の巨大地震が発生。津波の影響があるかもしれないので、海岸には近寄らないほうが良いようだ。

今年で10年前となる東日本大震災の時も、ニューギニアやニュージーランドで地震が発生していた。
南半球と北半球の地震は相関があるのか、とも思ってしまう。

地球の地殻は卵の殻のようなものだ、という。
ゆで卵をゆでて失敗すると殻にヒビが入り、割れる。
割れたところが反対側にまで行くことは余り無いようだが、殻をむく時、割れ目に沿って「カパッ」とむけることを考えると、反対側に影響を及ぼすことは、考えられなくもない。

とにかく、注意するに越したことはないと思っている。

2021年3月3日水曜日

海岸と賽の河原

佐渡の海岸にある「賽の河原」 

親不知から佐渡方面。ここから佐渡は見えることがないが、宮崎の大鷲山から条件の良いときのみ、見えることがあると言われている。

”賽の河原”はこの世とあの世の境目にある三途の川の河原である。
幼くして亡くなると、ここを渡ることが出来ないという。
何も出来ないので、せめて両親や兄弟やふるさとの人々を供養しようと思い、石を積む。
するとそこに地獄の鬼が現れて、そのケルンを崩していじめるという。

親不知の向こう側にある佐渡の「願」地区には、賽の河原があり、たくさんの石塔が供養されている。
青森の恐山の賽の河原では、風車を供養して亡くなった子供を弔う。

だれもいない、石のごろごろした海岸を彷徨していると、「ここは現世と違うんではないか」という錯覚に陥ることがある。
飲まず食わず、ふらふらで歩いているために、流木が人に見えたり、おかしな声が聞こえてくることもある(疲労の為にウミネコの声が人間の声に聞こえているのである)。
そこまでして、ひすいを探さなくてはならないことがあるのだろうか?

まさに、石拾いは賽の河原で石を積んでいるような「むなしい行い」に過ぎないのではないか?
一銭の金銭的価値もない、まさに石ころであるものを、まぼろしを追い求めるように、求めて歩く。
人生の縮図の様にも思えるこの行為が、与えてくれる「幸せ」とは一体何なのだろうか?

2021年3月2日火曜日

ロディン岩とひすいの混合タイプ

 


ロディン岩とひすいは同じような環境にあるため、非常に見分けにくい。
ひすいと混じることがある場合、さらに訳が分からなくなってしまう。

比重がだいたい同じだ、とすれば、どこからどこまでがひすいで、どこからがロディン岩なのか、はっきりとわからない、ということになる。
表面がつるつるで、結晶があり、角張っているなどの判断基準はいっさい通用しない。

そもそも、自然石でありながら単一の鉱物で出来ている石など存在しない。
それは、考えてみればすぐにわかることである。
自然界には118種類の元素があり、それらが複雑に結合してさまざまな物質が出来ているのである。

それらを正確に分析することは、たいへんな作業である。
たとえば料理は食材と調味料をミックスして作るが、出来たあとにどれが調味料か?と指摘することはできないようなものだ。
これが大根で、これが人参で、ということは言う事ができるだろうが、どれが醤油でどれが味噌かを指摘することはできない。そもそも味噌が含まれていることすら分からない場合もある。

料理の様に材料が最初から決まっている場合ですら、混じっているものが何かを指摘することは困難である。
ましてや自然界で偶然の力によって混合されたものの成分など、目視や感覚で分かるはずもない。
X線などで科学的に分析すれば、ある程度の答えは出る。
しかし、そのような機械を持っていない場合、何が含まれるかを正確に判断することはできない。

だから分かりにくい石を拾った場合、あまり考えないことにした。

2021年3月1日月曜日

ひすいは白い石だ

ひすいがどんな石かよく分からない初期のころ、知らずにトンカチで叩いて、ひすいの部分を傷つけてしまった石。ザクロ石を含まない部分はもっと軽い蛇紋岩系の石だと思う。

 上の石は比重は低い(2.8程度)が、このころはひすいがどんな石だか分からず、叩いてみればわかるという情報によって、トンカチで叩いた石。

どれだけ叩いても、割れないので大きなトンカチで思い切り叩いてしまった。

しかし、欠けるだけで割れない。大事なひすいの部分を傷つけてしまった。

ひすいは白や無色の石だ。この石のように一部分だけがひすいである場合、どうしても叩いて試したくなってしまうが、さすがに思い切り叩けば欠けてしまう。

糸魚川の白いひすいは98%ほどの純度があるという。もったいないことをした。

青やラベンダー、そして比較的数の多い灰色緑は純粋さから言うと、白いひすいより純度が落ちる。

あまり叩いて傷つけないほうが良いと思う。