2023年2月16日木曜日

ひすい混じり曹長岩は悪くない

 曹長岩は以前にも書いたがひすい輝石と化学式がほとんど変わらない。
二酸化ケイ素(石英)の分子が無ければ、ひすいである。
アルビタイトと学名で呼ばれることもある白~灰色の石である。

これはひすいをサンドウィッチにすることもあれば、ひすいが曹長岩の周りを包むこともある。もちろん混在することもある。

完全に曹長岩であれば、比重は2.6。しかし、ひすいに見えているのに比重がひすいより小さい場合、ひすいが混じっているのかもしれない。
その場合、2.8程度の比重になるかもしれない。もちろん、他の比重の大きな鉱物である可能性の方が高いが。
しかし「ひすいに見えている」という認識は重要だ。
それが他の石とはちがって、探した人にとって「きれいに見えた」という事実ほど、重要なことはない。
科学的成分うんぬんは、鉱物学者に任せておけばよい。
それと、「美術的価値」は全く別のものだ。

比重2.8ぐらいの石。鉱物学的には曹長岩ということになろう。しかし、ほんの一部分、紫色になっている部分があり、とてもきれいな石なので気に入っている。

光を通すとよりはっきりと紫色が見える。おそらくこの部分にひすいが混じっているのであろう。でも、そんなことはどうだってよいのだ。

美しい、は全く個人的な主観の世界であり、他の人がどう言おうと、自分が美しければそれでよいのである。

菫泥石だろうか?

石を検討するとどうも普通の蛇紋石や緑閃石とは雰囲気が違うし、もちろん翡翠とも少し違うような気がする。
やはり緑色岩なのであろうか?しかし緑色岩にしては粒状の集合体ではなく、結晶しているように見える。
表面が荒れてかさかさ。比重はもちろん3以上ある。

これはもしかして緑泥石なのではないだろうか?
緑の部分の緑色がやたら翡翠に似ているので、翡翠だと思っていた。
緑泥石だとすれば、緑の部分はクロム透輝石かクロム透閃石、灰クロム柘榴石などであることが考えられる。
このように判断した理由には、この石の一部分に「菫泥石」ではないか、と思われる薄紫の部分が存在したからだ。

菫泥石(Kammererite (Mg, Cr, Al)6(Si, Al)4O10(OH)8)は、クロム鉄鉱、緑泥石等に伴われる「クロム」を含んだ岩石だ。

この緑色の部分はロディン岩の草色ではない。

翡翠ではない。晶洞もあるし。しかしロディン岩とは言えない(ロディン岩にしちゃうひとがほとんどなんだろうけど)。

一部分に明らかに違う鉱物が存在する。ネフライトのようであるが、ネフライトのようにつるつるではない。

この部分が「菫泥石」ではないか、と思っている部分。

2023年2月15日水曜日

ひすいから「素材」そして「美意識」



 昨日述べたように、勾玉に使われた「石」は、ひすいだけではなく、蛇紋岩、碧玉など、さまざまであった。
そして、それが選ばれる理由は素材よりも、その「色」にあった。
永遠の生命を象徴する「緑(古代の色感覚では青)」は、とりわけ神聖な色であったのだろう。
その後、碧玉やめのう製の「赤色(紅色)」が登場した。これは中国の紅山文化の玉製品の渡来に影響を受けているのではないか、と私は考えている。
中国の紅山文化は日本の「定型勾玉」の形の原型になったかもしれない玉製品を作っていた。
これが日本の勾玉の形に影響を与えたのではないだろうか?
紅山文化で信仰されたのは「蛇」であり、これによれば定型勾玉の形は「蛇(あるいは竜)」を象ったものである。
これがある時期に北九州、出雲地方に渡来したと私は考えている。
古代史は考古学の世界であり、結局想像でしかないが。

ともかく、古代の日本人は、中国人が「玉」というマチエールにこだわったのとは異なり、素材よりも「色」を尊んだ、と思うのだ。
中国人が「玉(ネフライト)」の代用として「ひすい輝石」を見出したのとは全く異なる方法で、「ひすい輝石」に対して価値を見出していたのではないだろうか、と考えている。
でないと、「質感」の優れた「玉」が日本にたくさんあるのに、なぜ「ひすい輝石」の方がより尊ばれたのか、説明がつかない気がするのだ。
やはり「ひすい輝石」は日本人にとって特別の石なのだ。そしてその理由はひすい輝石が持っている美しい「青色」に原因していたのではないだろうか?

2023年2月14日火曜日

古代人が勾玉にした素材

 蛇紋岩製勾玉

戦前の論文であるが、和田 千吉, 「異形の勾玉」, 人類學雜誌, 1916, 31 巻, 2 号, p. 43-47によれば、勾玉の素材は硬玉、瑪瑙(斑、紅)、水晶、碧玉岩、琥珀、蛇紋岩、滑石、蝋石、玻璃、金銅、銀銅、土などがあるという。
用途は実用、儀式用、葬儀用などであったと考えられる。

やはり昔から蛇紋岩は使われていた。蛇紋岩は石斤としても使用された。
古代人は様々な石を生活に役立てていた。時代や文化の交代によって使われる素材は変化したと思われるが、きれいな石は威信財として儀式の時に身に着けるものであったのだろう。

蛇紋岩、または緑閃石に付いているタイプのひすい。含有量は低いであろう。

蛇紋岩も美しい石である。光を緑色に透過するのが硬玉翡翠と共通する。
「緑」は生命の色であり、「永遠の生命」を象徴するものであったのだろう。
しかしながら、縄文時代の遺跡から出る勾玉でも、それほどきれいでないものもある。
元はきれいな緑色をしていたにもかかわらず、経年劣化で風化翡翠になって色が失われたのであろうか?

縄文文化は比較的研究されているにも関わらず、文化を担った人々がどのような人たちであったのか、どんな生活をしていたのかは、推測の域を出ない。勾玉の用途、形状についても諸説あり、本当はどうだったのか、よくわかっていない。
文字で残されている資料が無い、ということが理由である。
それらは考古学の領域であり、自分が深入りすることはないであろうが、とにかく遺跡が残っている、ということはそこに我々の先祖が住んでいたということであるのは疑いようがない。

海岸の石を拾い、ああ、古代の人たちもこれらの石たちに何か感じていたんだな、と思うことがある。
その「何か」ははっきりと分からないが、現代人にとって、とても大切なことであるような気がする。

2023年2月13日月曜日

意見はひとそれぞれ

 ひすいについて書くと、このブログのアクセス数が急に上がる。
やはりみなさん、「ひすいとは何なのか」について関心がおありのようである。
実際の所、書いている本人ですら、「海岸に落ちているひすいの見分け方」を正確にレクチャーすることはできない。まあ、せいぜいが自分の見解を示すぐらいが関の山である。

インターネットを検索すると、以下のような意見が多い。さまざまな見解があるのだなあ、と改めて思うが、自分の思うところとは相違する部分もあるので、書いておこう。



1.ひすいは表面が滑らか

これについては、流紋岩、蛇紋岩、ネフライトなど、表面が滑らかな石は多い。
曹長岩でも石英でもなめらかである。
たしかにひすいの表面はなめらかであるが、これを基準にひすいを判別することは無理なのではないか、と思う。
やはり実物を見るのが一番であるが、フォッサマグナミュージアムに展示してあるレベルの高品質のひすいが、海岸に残っているかどうかわからない。
あまり高品質のサンプルを基準にしても、そのような石は無い可能性のほうが高い。

2.比重が3あったらひすい

角閃石、透輝石、緑閃石、鉄鉱石、緑色岩などは概して比重が3以上ある。
しかもこれらとひすいは混在していることがある。
逆にひすいが比重の小さな曹長岩と混じっていれば、比重は3以下になることもある。
したがって、これもあてにならない。

3.角の丸いひすいは存在しない

ひすいは硬いので、角が残っていることが多いのはその通りだと思う。
しかし、よく自然の波で研磨されたものでは丸くなっていることもある。
いかに硬いヒスイといえども、長い間研磨され続ければ角が取れて丸くなってしまうこともある。

4.表面がかさかさしているのはひすいでない

波にもまれる期間が短かったり、品質が悪い(これがほとんどであろう)場合、必ずしも高品質のひすいのように、独特のツヤが出ず、表面がかさかさなこともあり得る。

5.表面が割れているのはひすいでない

ひすいには最初から独特のクラックが入ったものがあり、一概に「割れているからひすいでない」とは言えない。
中には人間の力で無理やり割ったような石もある。
いかに硬いといっても、人間が意図的に割れば割れてしまうのだ。

6.結晶があればひすいだ

これが一番の問題である。
一番間違えやすいロディン岩、曹長岩、石英の表面にはきれいな結晶があることが多い。
しかも大小様々の大きさがあり、虫メガネで見ても判別できない。
私も最初の頃は結晶の形で判別しようとしていたが、これは決め手にならない。
ひすいの結晶とほぼ同じように見える石英の結晶もある。

海岸に転がっているひすいは岩石なので、ランダムにさまざまな鉱物が入り混じっている。
このようなものは当然「宝石」にはならない。「宝石」を求めたいなら、ミャンマー産の翡翠を買った方がずっと高品質である。

ただ、1%でも「5億年前に生成された世界で最も古いひすい」が入っていれば満足だ、とするならば、そういう石はけっこうありそうな気がする。