2026年1月30日金曜日

スランプだね


 
アウトドアが出来なくなってから、足の力が衰えてしまった。
山歩きをしないから、筋肉が失われてしまったのである。
なぜか?

この精神状態で、山に行く気持ちにはなれないのである。この時は、けがをするか、死ぬかのどちらかだと真剣に思った。
そして「偶然に」12本アイゼンを着けていたこと、ピッケルが利いたことによって、大事に至らずに済んだ。
これについての複雑な思いが、まだ晴れないのだ。


山の本当の怖さを知った。これまで何十回も危険な山は経験してきたはずなのに、この時は特別だった。
そして体力の衰えと年齢を、改めて認識することになったのである。

以前のような、勘、体力、視力、バランス感覚などが無い。
それらが年々衰えてくる感じだ。

わたしは「たまたま助かった」という登山は「失敗だ」と強く思っている。
そんなのは登山じゃない。
最初から「インシデント」が「想定内」に収まっている登山を、安全な登山というのではないだろうか?
それが「想定外」になった、とすれば、再びそのような行動はすべきでない、と思う。
理由は「周囲に迷惑をかけるような事はしたくない」からである。
ましてや、個人的なレクレーション中の行いである。

しかし本当にこれで良いのだろうか?という思いも、一方では持っている。
歩かなければ、衰えていくだけだ。
気持ちの整理が付けば、また歩き出したい、と思っている。

2026年1月4日日曜日

AKIRAがNHK教育テレビでやっていた

 AKIRA (1988年の映画) - Wikipedia


正月の番組で、なんとNHK、しかも教育テレビで「AKIRA(1988年)」をやっていた。
この映画は、今まで何回見たことであろう。始めて見たのが1990年頃だっただろうと思う。
1980年当時の社会的雰囲気がリアルで、当時はかなり衝撃を受けた。
暴力やグロテスクな描写も含むのでPG12指定となっているが、作者の大友克洋氏は「リアリティーにこだわった」と言う。
日本でよりも、海外で評価が高く、この作品が「時代の先を行っていた」ことがわかる。
公開から38年も経過しているが、今見ても面白い。
実際に、最初は以前に何回も見た作品だったので、最後まで見るつもりはなかったのだが、いつの間にか画面にくぎ付けになってしまった。
非常に手間のかかった、人間の力が生み出した本物のアニメーションである。
CGは一部にあるらしいが、どこにあるのかわからない。
それほど、リアリティーにこだわって、丁寧に仕上げられた作品だ。
それが評価されて一つの「芸術作品」として、NHKが放送を決めたとしたら、その判断は正しいと言えると思う。
また、今回のテレビ放映に際して、たぶんデジタルリマスターか何かをしてあるのであろう。画面が明るくなっており、テレビ画面としては見やすかった。
まあ、昔の独特の「暗さ」「ノイズ」を含んだ画面も、私は好きであるが。

この作品のAKIRAという少年は「鉄人28号」のオマージュらしいが、普通の少年だ。過去にどんな力を発揮したのかはわからないが、それがおそらく第二次大戦前の、軍国主義のイメージに重ねられていることは、雰囲気としてわかる。
腐敗した政治を批判する軍人が、クーデターを決行するシーンは、まるで2.26事件や5.15事件を彷彿とさせる。

おそらく、AKIRAという存在は、その戦争を起させた「無意識的エネルギー」の事かもしれない。それが東京オリンピックのスタジアムの近くに「冷凍保存」されていることも、それのメタファーなのかもしれない。

AKIRAは徹底的に調査され、封印された。それを復活させようとしている軍人、そして実際に社会的アウトサイダーの暴走族の少年の体を借りて復活した、その「力」がとても不気味だ。
最後の結末は、非常に考えさせられるものである。

その力は「ナショナリズム」なのか、あるいはそれを超えた「なにか」なのか。
それを取り巻く人間たちの動きは、日本人の心の深層に流れているものに、一致しているのではないか?
また、この作品が海外での評価が高いことは、日本のように、その領域が「封印」されてしまっている国民以外の国民が、何らかの共感を得た、ということでもある。

2026年1月3日土曜日

能登半島地震から2年

 

地震で隆起してしまった海岸

あけましておめでとうございます。昨年は公私共々多忙な年で、なかなかブログを書く余裕もなく、ここはずっと放置されていました。

やはり「ひすい」について知りたい人たちにアクセスしていただいているようです。10年以上の”むなしい”ひすい拾いの活動について、それなりに関心を持っていただいていることは、望外の喜びです。

何度も言いますが、ひすいは拾おうと思って拾えるものでは、ほとんどないのです。
それはごく稀に、奇跡的な出会いによって拾えるものです。
10万分の1どころか、100万分の1の奇跡によって出会えるものである、ということを自覚しています。

海岸でひすいに出会う事も、ほとんどないことですが、それよりもはるかに稀な確率で、しかも元旦の大地震として起こった能登半島地震から2年が経過しました。
昨年、私は地震後、初めて曽々木海岸側を訪れました。
そのときの写真が上の写真なのです。

いままで海底だった部分が、隆起によって陸地になっています。
それもかなり大きな面積です。
周りを見ると、地震後に起こった「洪水」によって、山が激しく崩壊し、家が埋まったままの場所もありました。
懸命な復旧工事にもかかわらず、あまりにも被害が大きいために、復旧は進んでいません。
どうしても、人口の多い地域が優先になっています。

この周辺に、「揚げ浜塩田」のお店があります。営業していないだろう、と思っていましたが、なんと営業していました。
ここは能登の海水をそのまま煮詰めたもので、非常に深い味わいがあります。


立ち寄って、揚げ浜塩(昔ながらの製法で作ったもの)、流下式(機械的に海水を流すことで、塩分濃度を上げる製法)の両方の製法で作られた塩を購入しました。
また「塩アイスクリーム」も購入しました。

しかしながら、この場所に向かう途中の幹線道路(のと里山自動車道)ですらも、完全な復旧にはまだまだ時間がかかるでしょう。
2年前の地震は、それほど大規模なものだったのです。

大変美しい自然の中にある奥能登は、観光地としても非常に良い所です。
このような土地が見捨てられ、また原野に帰っていくのはもったいないです。
ぜひとも観光資源として、内外にアピールしたらどうでしょうか?

能登がまた以前の姿を取り戻すことを祈念して、新年の言葉と致します。